« 入鹿邸跡の発掘 | トップページ | 大化改新…③朝鮮半島の動向 »

2008年3月29日 (土)

大化改新…②研究史

大化改新については、江戸時代の新井白石等も論考を残しているが、特に明治時代になって、近代的な史学の出発とナショナリズムの高揚が同期し、明治維新との関係を意識しつつ、議論の盛り上がりを見せた。
ここでは、井上光貞の整理(『大化改新と東アジア』山川出版社(8102)に従い、第二次大戦後の研究史をレビューしておこう。

井上氏は、それまでの戦後の研究史を4つの段階に分ける。
第一段階は、1940~50年代にかけてである。
当時の重要テーマは、大化改新の詔の信憑性の問題であった。
『日本書紀』に載っている詔をみると、改新政権がどういう改革をしようかという大綱が掲げられている。
この、『日本書紀』に記載されている詔は、果たして当時(646年)のままであるのか。あるいは、『日本書紀』の編纂された8世紀もしくはそれまでの間のいずかの時期に作られたものなのか。
井上氏は、津田左右吉の線を概ね肯定している。
つまり、大化改新の詔は原詔があったが、それに『日本書紀』編纂者の手が加わっている、という判断である。

『日本書紀』には、「郡司」とか「郡」という言葉が出てくるし、郡の役所の長官・次官を大領・少領と書いてある。
しかし、金石文には、「郡」ではなくて「評」という字が使われている。
井上氏は、「郡」は、701年の大宝令が発布されてから使われるようになったものと判断し、646年段階では「郡」という字は使われていないはずだから、『日本書紀』の詔は、『日本書紀』編纂時の現行法である大宝令によって書き改められている、とした(1951年)。
それをきっかけに、先輩東大史学科教授の坂本太郎氏との間に有名な「郡評論争」が行われた(07年9月12日の項)。
藤原宮出土の木簡によって、大宝律令までは「郡」が使われていなかったことが判明し、『日本書紀』の詔には修飾が加わっていることが明確になった。

第二段階は、大化改新を国際的な視野で捉えようという動きが出てきた時期で、60年代以降である。
それまでの大化改新の捉え方は、天皇家が統治すべきところを、蘇我氏が権力を掌握して政治を壟断していた。それに対し、中大兄や中臣鎌足が決起して天皇の権威を回復した。
つまり、明治維新と同じような、一種の王政復古である、というような把握の仕方が中心であった。
私なども、100%いわゆる戦後民主主義の教育を受けてきたのであるが、学校で教えられた大化改新のイメージは、これに近い。
あるいは、土地所有制度のあり方が、貧富の差を拡大し、それが改新の原動力として機能した、というような国内的要因に焦点を絞った議論が行われていた。

1962年に西嶋定生氏が、『六~八世紀の東アジア』という論文を、岩波講座「日本歴史」に書いて、中国の冊封体制との関係で、七世紀の日本の政治過程を捉えるべきだ、と主張した。
つまり、大化改新に王政復古などの国内的要因はあるにしても、隋・唐定刻の出現とその周辺諸民族へのインパクトによって、日本も、律令制という中国制度を受容しながら、国家体制を固めていったのが七世紀の動きだった、とするものである。

第三段階は、同じく60年代のことであるが、関西の日本史研究会を中心として、「大化改新否定論」が出てきたフェーズである。
明確な否定論は、静岡大学の原秀三郎氏が、「日本史研究」に載せた『大化改新論批判序説』という論文による。
原氏の主張は、大化に政治改革が行われたというのは、『日本書紀』編纂者の作り上げたフィクションである、とするものである。
『日本書紀』編纂時の権力者は藤原不比等で、不比等のミッションは、律令政治を進展させることであった。その作業は、不比等の父の鎌足が始めたということを強調せんがために。、律令政治の出発点を、645年のクーデターに置いた。
つまり、大化の時点では、政治改革は行われなかった、ということになる。

第四段階は、考古学の発掘成果との照合を考える段階である。
一昨日発表された入鹿邸の倉庫跡と見られる遺構などもそうであるが、歴史的な認識が物証によって検証されつつある。
飛鳥や藤原京を中心に、宮や寺院の址、木簡、仏像、高松塚などの古墳、富本銭などの銭貨、地鎮具など用具など多様な発掘物が示され、それが歴史像との関係で解釈される。
近年の発掘の成果は目覚しいものではあるが、しかし発掘されたものが未だごく一部分に過ぎないことも事実である。「郡評論争」における木簡の例に見られるように、考古学の成果が、歴史認識に及ぼす影響は大きい。
第四段階は、現在進行形のフェーズである。

|

« 入鹿邸跡の発掘 | トップページ | 大化改新…③朝鮮半島の動向 »

日本古代史」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/395349/11653642

この記事へのトラックバック一覧です: 大化改新…②研究史:

« 入鹿邸跡の発掘 | トップページ | 大化改新…③朝鮮半島の動向 »