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2008年2月19日 (火)

問題を感知する力

外界からの刺激を受け止め、そこから何らかの判断をする。
その刺激の受け止め方、判断の仕方は人によりそれぞれ異なっている。
例えば、故今西錦司博士を源流とする京都大学の霊長類の研究者たちは、サルを個体識別することによって、サルの群れ(社会)の構造や、その中での個体の行動様式を研究した。
私たちにとっては、サルの顔はみな同じように見える。
しかし、サルの研究者にとっては、一匹づつ異なる存在として見えるようになる、ということである。

つまり、人は関心のあるものに関しては、「見分ける力」が高まってくる。
群衆の中に、自分の恋人や子供がいれば、直ぐに見分けることができる。
それは、対象に対して、強い関心・興味を持っているからである。
陶磁器に関心を持てば、古くさい陶磁器が、「お宝」であるのか「駄作」であるのか、見分けられるようになる。
「違いが分かる」かどうかは、スキルのレベルを計る重要な判断基準である。

他人が見過ごしてしまうようなことに気づくのは、それに対して問題意識を持っているからである。
問題意識というのはやっかいなもので、いくら「問題意識を持て」とか言われても、あるいは「問題意識を持つように努力しよう」などと思っても、それで問題意識が生まれるというものでもない。
例えば、「和歌山のカレー殺人事件」に関して、『毒入りカレー事件 犯人は他にもいる』という評論文で鋭い洞察力を発揮し、文藝春秋読者賞を獲得した三好万季さん(当時中学生)は、それは小さな疑問から始まった、としている。
その小さな疑問とは、「カレーで食中毒なんて……、こんなのあり?」という疑問だった。
この疑問をもとに、当時(1998年)ようやく普及しはじめたインターネットを駆使しながら思考を進めたのが、受賞作だった。
文春に発表された時点で、この評論文をただならぬものと思ったが、読者賞という形で多数の支持を得たことに、我が意を得た思いがしたことを覚えている。

その三好さんが、「カレー事件」の一年前、中学二年生の夏休みの国語の宿題として提出したレポートが、「シめショめ問題」である。

「はじめまして」は、「始めまして」か「初めまして」か?
つまり「始め初め問題」である。
三好さんは、父の「書院」というワープロを使っていて、初対面の人に「はじめまして」と書いて変換したところ、「始めまして」と出てきたのに戸惑う。
もう一度変換すると、「初めまして」が出てくるのだが、「始めまして」が優先して出てくることはおかしくはないか?

それから、各社の辞書や日本語入力ソフトと専用用ワープロの比較、専門家などへのアンケートなどにより、この「始め初め問題」にアプローチする。
その経緯と結果は『四人はなぜ死んだのか―インターネットで追跡する「毒入りカレー事件」』文藝春秋(9907)(文春文庫版(0106))に収載されている『シめショめ問題にハマる』として取りまとめられている。

結論部分を要約してみよう。
・文化庁『「ことば」シリーズ3 言葉に関する問答集』の解説によれば、
・「初」は、「はじめる」という動詞には使わないのが普通である。
・名詞的な用法の場合には、「初」と「始」をある程度書き分ける
・副詞的な用法の場合には、「初めて」と書くのが習慣的に多い。
しかし、三好さんは、「初める」という動詞に、「そめる」の他に「はじめる」があるということを主張する。
文化庁の権威に反旗を翻したわけである。
動詞としての「初(ハジ)める」を認知することにより、「初めまして」が正当性を獲得する。
その論理については、上掲書を読んで頂くとして、興味深いのは、その問題意識が生まれて来る経緯である。

「hajimemasite」を変換すると「始めまして」と変換される。
それに対して、「一瞬驚きました」「書院は、間違っていると思いました」と書いている。
つまり、「何だかヘンだ」という感覚である。そういう違和感を持つことが、すなわち問題意識ということだろう。
それはどうしたら生まれるか?
普通見過ごしてしまうところに気が付くのだから、やはり関心を持つということだろう。
サルの顔の違いを見過ごしてしまうか、その違いを理解するか、と同じことだろうと思う。

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