薬師寺論争…⑤東塔檫銘(ⅱ)
東塔檫銘の文脈は不自然であるという(松山鉄夫『薬師寺金堂薬師三尊像の制作年代について』(『薬師寺』小学館(8303)所収)。
この檫銘は、本薬師寺にあった銘文を転写したものと考えられ、その転写に際して一部脱落したのではないか、とされる。
問題は、その脱落の中身もしくは程度であるが、それは誰にも分からない。
松山氏は、上記論文の中で、次のように推測する。
少なくとも、「以中宮不悆」のつぎに本尊薬師仏を鋳造するという意味をもった一句が、たとえば「奉鋳薬師仏」とか「奉造薬師銅像」とかいう言葉が、原銘にはあったのではないかと想像する。「不悆」に対応して「薬師」が記されるならば、文章はいっそう自然となろう。檫銘の後半(主文)において「薬師」が華やかに讃えられるとともに、それが「冥助」を仰ぎ延う直接の対象であることを思うと、銘序においても「薬師」が言及されるのが自然ではなかろうか。こうした推定句を文中に挿入して、「以中宮不悆、奉鋳薬師仏後、創此伽藍、而鋪金未遂、竜駕騰仙」とするとき、文脈上の不自然は解消され、「鋪金」は、鍍金として文章になじむように思われるが。どうであろうか。あるいはまた、『薬師寺縁起』のごとく「已鋳金銅之像」といったような一句が、「而鋪金未遂」の直前にあったとみることもできよう。
とした上で、松山氏は、「鋪金未遂」を「鍍金未了」とする。
つまり、本薬師寺本尊は、朱鳥元(686)年9月の天武天皇崩御の時点では鋳作を終えていた。
そして、この像に研磨が加えられ、さらに鍍金がほどこされ、持統元(687)年の末ごろには完成した。
落成したばかりの金堂に奉安され、翌2年正月8日の無遮大会を迎える。開眼供養を兼ねた大会であった可能性も大きいだろう。
大橋一章氏は、「布金」の語の用例の変遷を辿り、次のように述べる(『法隆寺・薬師寺・東大寺 論争の歩み 』グラフ社(0604))。
「布金」はもともと寺地取得の手段として大地に金貨を布く意であったが、やがて祇園精舎の建立や完成した祇園精舎の伽藍を意味する語となり、また祇園精舎の建立物語を示す代名詞のごときものとなり、さらには一般寺院の建立にも祇園精舎の建立に仮託して使われるようになったのではあるまいか。
大橋氏は、檫銘の撰文者は、天武発願の薬師寺の建立を祇園精舎の建立物語に仮託して、そのキーワードともいうべき「鋪金」の語を使用したのであろう、とする。
つまり、「鋪金未遂、龍駕騰仙」は、薬師寺の建立がまだ完了しないうちに天武天皇は崩御されたことを示している。
大橋氏によれば、「鋪金未遂」を原義から離れていることは、語の使い方の変化を想定すれば、不自然ではなくなる、ということになる。
大橋氏のように、「鋪金未遂」の語義の変遷を想定するとしても、松山氏の指摘する文脈上の不自然は残ると考えられる。
とすれば、その部分をどう解釈するか、については論議が残されていると思われる。
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