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2008年2月18日 (月)

右と左の識別

専門家ですら、「右」と「左」を間違えることがあることを実例で体験したことがある。
私の故郷の裾野市に、深良用水という水利施設がある。
箱根の芦ノ湖の水を、外輪山をくり抜いた隧道を通して、流域変更をして静岡県側に流している。
江戸時代の「プロジェクトX」とも評すべき一大事業であった。
われわれは、子供の頃から、地元の深良村名主の大庭源之丞が、水不足に悩む深良村の農民を救うために思い立ち、江戸の町人の友野与右衛門が私財を投じて協力して完成した、という一種の美談として認識してきた。

また、この隧道 は、幕府が最も警護を固めていた箱根に掘られたこと、あるいはその施工技術の高さなどから、友野与右衛門は幕府によって刑死させられ、大庭源之丞も、甲州で刺殺された、などという説が流布していた。
戦後まだ間もない昭和24(1949)年に、タカクラ・テルという作家が、小説『箱根用水』を著し、それを基に映画『箱根風雲録』(監督:山本薩夫、出演:河原崎長十郎、山田五十鈴、轟夕起子他)が作られ、「闘う農民対非道な権力」という図式が、敗戦後の風潮にマッチしていたこともあって、好評を博したという。
箱根の隧道 開鑿には、美談説や階級闘争説が入り混じってさまざまに語られてはいるが、実態については余り明確なことが分かっていなかった。
その辺りを、地元の小学校の教諭の佐藤隆という人が、旧名主層の土蔵などに残されていた古文書を博捜して、開鑿史の像を構築し直した。
その成果は、『箱根用水史』わかな書房(7907)という労作として刊行されている。

佐藤さんの著書の中に、「金ほり甚右衛門」と呼ばれた者がいたこと、その他に工事に従事した地元の人間の中に、甚左衛門という者がいたことが紹介されている。
この甚右衛門と甚左衛門について、興味深い論考が、裾野市教育委員会市史編さん室『裾野市史研究第二号』(1990)に掲載されている。
秋田工業高専講師の脇野博氏の『深良用水開鑿と鉱山技術--「かねほり甚右衛門」をめぐって』と題する論文である。

脇野氏は、「かねほり甚右衛門」が登場する史料(湖水新川黄瀬川堰々方角改帳)と「甚左衛門」が登場する史料(湯山安右衛門日記覚帳)を比較対照し、次のような共通性を見出す。
・両者ともに、宝永5年の水論に際し、その裁判史料との関わりで登場する
・両者ともに、「甚右衛門口上」「甚左衛門物語」とあるように、用水に関する話をしている
脇野氏は、このような状況から、二人の人物が同一人物ではないかという作業仮説を立て、原文書にあたった。
その結果、次のような事実が判明した。

従来、「かねほり甚右衛門」と読解されてきた文字のうち、「右」に相当する字が、筆写した湯山半七郎の崩し方の特徴から、「左」と読む方が妥当であること。

佐藤氏の著書においては、「別人であると思われる」とされていた「かねほり甚右衛門」と「箱根湖水掘抜之時分かせぎに入込罷有候」人物の「甚左衛門」は、「かねほり甚右衛門」が「かねほり甚左衛門」と読むべきであるとすると、同一人物である可能性が高くなる。
そのことは、深良用水の隧道 開鑿に、鉱山技術者が従事していたことを推認させるものである。

このように専門家ですら、「右」と「左」を取り違えることがある。
そして、「右」と読むか「左」と読むかによって、その史料の意味することは当然に異なってくる。
古文書の文字は、似ているようだけど異なる場合もあれば、異なるように見えるけど同じ、という場合がある。
その判読は、典型的なパターン認識だと思う。
とすれば、書かれている文字がどの文字に相当するのか、それを識別する人工知能(古文書解読ロボット)が出来ないものだろうか、などと思う。

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