「朱鳥」改元の一解釈…砂川史学⑧
『日本書紀』に登場する「『朱鳥』改元」記事は、以下のような点で不自然である。
①天武紀15年(686)7月の改元であるが、同年9月9日には天武が崩御しており、死の直前に改元した理由が不明である
②『日本書紀』においては、その前の年号の白雉から32年間の断絶があり、しかも朱鳥は1年で終わって、その後15年の断絶があり、その後の大宝からは連続している
③「阿詝美苔利(アカミトリ)」と和訓が施されている(大化も白雉も和訓はない)
これらの不自然さに対する解の1つが、九州王朝で用いられていた年号(九州年号)が、『日本書紀』に混入(偽入)したという考え方である。
その混入の経緯に関して、砂川恵伸氏の『天武天皇と九州王朝―古事記・日本書記に使用された暦』新泉社(0612)に、面白い推論が載っている。
天武14年11月条の記事である。
十一月の癸卯の朔甲辰に、儲用の鉄一万斤を、周防総令の所に送す。是の日に、筑紫大宰、儲用の物、絁一百匹・糸一百斤・布三百端・庸布四百常・鉄一万斤・箭竹二千連を請す。筑紫に送し下す。
儲用は、坂本太郎他校注では、「官庁で必要とする物品」と説明されているが、砂川氏は、文字通り「儲君の用」と解すべきである、としている。
儲君は、1月22日の項でWIKIPEDIAから引用したように、皇位継承者を指す言葉であり、特に立太子礼を経ない場合には、「皇太子」ではなく、「儲君」(ちょくん、もうけのきみ)と呼ばれた。
因みに砂川氏は、藤堂明保編『学研漢和大辞典』から、
「儲」:名詞:主たる者の控えとしてとっておく人。儲君。
という解説を引いて、自説を補強している。
つまり、素直に解釈すれば、鉄や布類などの上記の物品は、儲君の用に供するために筑紫に送った、という意味である。
しかも、その日のうちに、である。
天武は、筑紫の太子の要求した物品を、言われた通りに送った、ということになる。
大皇弟すなわち天武天皇を、大皇の弟と解釈し、九州王朝の王者が大皇だったとすれば、太子は天武の兄の子すなわち甥に当たる。
朱鳥改元記事は、この翌年のことである。
近畿天皇家には、朱鳥に関連するような事象は皆無で、節目ともいえない時期に改元されている。
これについて、砂川氏は、布類が多いことから、式典用の物品ではないか、とする。
つまり、丙戌年(天武15)に、筑紫で九州王朝の太子が即位の式典を挙行した。その丙戌年を朱鳥と改元したのではないか。
天武14年11月にある「儲用の物」とは、「太子即位の式典の物品」の意味であろう。
『万葉集』には、以下のような朱鳥年号が注釈的に入っている歌がある。
(http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/manyok/manyo_k.html)
0034 白波の浜松が枝の手向ぐさ幾代までにか年の経ぬらむ
日本紀ニ曰ク、朱鳥四年庚寅秋九月、天皇紀伊国ニ幸ス。0044 吾妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも
……右、日本紀ニ曰ク、朱鳥六年壬辰春三月丙寅ノ朔戊辰、浄広肆廣瀬王等ヲ以テ、留守官ト為ス……0050 やすみしし 我が大王 高ひかる 日の皇子 荒布の 藤原が上に 食す国を……
右、日本紀ニ曰ク、朱鳥七年癸巳秋八月、藤原ノ宮地ニ幸ス。……0195 敷布の袖交へし君玉垂の越智野に過ぎぬまたも逢はめやも
右、日本紀ニ云ク、朱鳥五年辛卯秋九月己巳朔丁丑、浄大参皇子川嶋薨セリ。
『日本書紀』では、朱鳥は元年しか存在していず、朱鳥2年は、持統元年になっている。
持統紀の紀年法は、「持統n年」である。
とすれば、朱鳥2年以上の表記のある史料が存在することは、近畿天皇家とは無関係な年号と考えるべきではないか。
『二中歴』では、朱鳥は、天武15年(丙戌)から9年間を朱鳥としている。
上記を総合すれば、朱鳥は九州王朝で制定した年号で、『日本書紀』はそれを天武が制定したかのように記載している、ということになる。
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