砂川史学…⑥大海人皇子(6)
天武即位前紀の、「天命開別天皇(天智天皇)の元年に、立ちて東宮と為りたまふ」をどう理解すべきか?
文字通り解釈すれば、中大兄皇子が天皇に即位して、すぐに大海人皇子を後継者(皇太子)に指定した、ということになる。
そして、通説では、天智天皇が息子の大友皇子ではなく、大海人皇子を皇太子に指定した理由を、以下のように理由づけしている。
①大友皇子の生まれが卑しいから
②当時の皇位継承は世代が優先するから(親に兄弟がいる場合は、親の兄弟の世代が先に皇位につく)
などと説明している。
砂川氏は、『日本書紀』における兄弟間の皇位継承の全11例について、その事情を検証している。
そして、結論として、「兄弟がいるときは、兄弟に皇位を継がせることが慣例だった」ということが、事実ではないことを示している。
11例の中で、先代が兄弟を後継者(皇太子)に指定しているのは1例(履中→反正)だけで、他の場合は、先代の子が幼いか、嗣子がいないために群臣の協議によって擁立されたものである。あるいは、己の軍事力で天皇に即位している。
つまり、『日本書紀』の記述する時代の近畿天皇家では、兄弟に皇位を継承させることが慣例だった、という通説は間違いだった、ということになる。
息子が適当な年齢に達していれば、息子を後継者に指定するのは、まあ当たり前ともいえる。
それでは、なぜ、天智は大友皇子を後継者に指定しなかったのか
天智の即位について、天智紀は次のように記す。
七年の春正月の丙戌の朔、戊子に、皇太子即天皇位す。(或本に云はく、六年の歳次丁卯の三月に、位に即きたまふ。)
(或本に云はく……)として書かれている「注」こそが、天智の真実の即位年ではないのか?
この「六年の歳次丁卯」を、砂川氏は、「六年、歳は丁卯を次ぐ」と読むべきである、とする。
つまり、『「歳次干支」について』(08年1月14日の項)で示したように、「……を次ぐ」と読む場合は、「……の前年」の意味であり、「六年、歳は丁卯を次ぐ」は、「六年=丙寅年=666年」の意味となる。
天智3(664)年(甲子)に大海人皇子が近畿大和に出現し、天智6(666)年(丙寅)に天智が即位する。
この2年間を、砂川氏は、天智が「東日本の支配者の地位をこれまでどおり近畿天皇家のものとすべきか、あるいは九州王朝の大海人皇子に譲るべきか」迷った期間だとする。
その迷いの末に天智は即位を決断するが、その際に、大海人皇子と「次はあなたに位を譲ります」という契約を交わしたのではないか。
それが、「天命開別天皇(天智天皇)の元年に、立ちて東宮と為りたまふ」ということだろう。
この元年は、「六年の歳次丁卯=丙寅=666年」のことであろう。
天智と大海人皇子との不仲を伝える記事もある。
中臣鎌足の曾孫で、恵美押勝として知られる藤原仲麻呂らにより作成された『藤氏家伝』には、「近江浜楼事件」が次のように記されている。
帝(天智)、群臣を召して、浜楼に置酒したまふ。酒酣(タケナワ)にして歓を極む。是に、大皇弟長き槍を以て、敷板を刺し貫きたまふ。帝、驚き大きに怒りて、執害(ソコナ)はむとしたまふ。大臣固く諌め、帝即ち止めたまふ。大皇弟、初め大臣の所遇の高きことを忌みたるを、茲(コ)れより後、殊に親ぶることを重みしたまふ。
天智の催した酒宴の席で、大海人皇子が槍を抜いて敷板を刺し貫くという振る舞いをした、というのだから、大事件である。
大海人皇子は、天智即位を全面的に是認していなかった、ということかも知れない。
天智即位後、九州王朝の没落は、誰の目にも明らかになっていく。
それを踏まえ、天智は、大海人皇子との契約を反故にし、大友皇子を後継者にすることを決断する。
天智10年条に、「大友皇子を以て、太政大臣に拝(メ)す」とある記述がそれを示している。
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