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2008年1月16日 (水)

砂川史学…②大海人皇子(2)

兄とされている天智は、乙巳の変の主役など、事績の多いことで有名である。
百人一首の冒頭の歌の作者として、現代人にも馴染みが深いが、一時代を画したという印象がある。
しかし、その天智に関する記述量は196行で第12位であり、天武に比べれば30%にも満たない。
『日本書紀』が、天武の発案で編纂されたことなども考え合わせれば、天武を重視した編纂になっていることは疑い得ないだろう。

大海人皇子(後の天武天皇)が、『日本書紀』に登場するのは、舒明紀2年正月条である。

二年の春正月の丁卯の朔戊寅に、宝皇女を立てて皇后とす。后、二人の男・一の女を生れませり。一を葛城皇子と曰す。(近江大津宮御宇天皇なり。)二を間人皇女と曰す。三を大海皇子と曰す。(浄御原御宇天皇なり。)夫人蘇我嶋大臣の女法提郎媛、古人皇子(更は大兄皇子と名く。)を生めり。又吉備国の蚊屋采女を娶して、蚊屋皇子を生しませり。(坂本太郎他校注『日本書紀 (4)』ワイド版岩波文庫(0310))

二年春一月十二日、宝皇女(後の皇極、斉明天皇)を立てて皇后とした。皇后はニ男一女を生まれた。第一は葛城皇子(天智天皇)、第二は間人皇女(孝徳天皇の皇后)、第三は大海皇子(天武天皇)である。夫人の蘇我馬子の女法提郎媛は古人皇子(大兄皇子とも名づける)を生んだ。また吉備国の蚊屋采女を召して、蚊屋皇子を儲けられた。(宇治谷孟現代語訳『日本書紀〈下〉』講談社学術文庫(8808))

この条の表現からすれば、天智と天武は共に舒明と皇后の宝皇女(後の皇極・斉明天皇)の間の兄弟であることは明瞭である。
舒明天皇は、在位13年目の辛丑年に亡くなった。
舒明元年は、推古没年の翌年の己丑年で、推古没年は戊子年で西暦628年である。
つまり、舒明元年は629年の己丑年であり、没年は641年の辛丑年である。
舒明が亡くなった時の殯(モガリ)に際して、中大兄(東宮開別)皇子は16歳で「誄(シボビゴト)したまふ」とある。

推古没:戊子:628
舒明元:己丑:629
舒明没:辛丑:641(13)…中大兄皇子16歳
とすれば、中大兄皇子の誕生年は626年の丙戌年で、天智没年とされている天智10年の辛未(671)年には46歳だったことになる。
そこで、大海人皇子は、中大兄皇子との間に間人皇女を挟んだ皇子であるから、中大兄との年齢差を4~5歳程度とすると、630年前後の生まれということになる。

大海人皇子の記事は、上記の舒明2年の後は天智3(664)年まで現れない。
645年の「大化改新」に繋がる「乙巳の変」という天皇家にとっての最重要の事件においても、大海人皇子の名前は見えない。
蘇我入鹿誅滅に加わったメンバーとして、名前が明記されているのは以下の通りである。
①中大兄皇子
②中臣鎌足
③蘇我倉山田石川麻呂
④佐伯連子麻呂
⑤葛城稚犬養連網田
⑥海犬養連勝麻呂

645年の乙巳の年には、中大兄皇子は20歳だから大海人皇子は16歳程度で、乙巳の変に参加しなかったとも考えられる。
しかし、孝徳、斉明紀を通じて、中大兄皇子の名前は頻出するが、大海人皇子の名前は見えない。
次に大海人皇子の名前が登場するのは、天智3年2月条である。

三年の春二月の己卯の朔丁亥に、天皇、大皇弟に命して、冠位の階名を増し換ふること、及び氏上・民部・家部等の事を宣ふ。(上掲坂本太郎他校注)

三年春二月九日、皇太子(中大兄)は弟大海人に詔して、冠位の階名を増加し変更することと、氏上・民部・家部などを設けることを告げられた。(上掲宇治谷孟現代語訳)

つまり、「大皇弟」は、「大いなる弟の皇子」の意味で、大海人皇子のことである、とされるのが一般的な解釈である。
天智3年は、664年の甲子年であり、前年の663年8月に、白村江で倭・百済連合軍が、唐・新羅連合軍に大敗している。
百済は、白村江の敗北で完全に滅亡することになった。
つまり、大海人皇子が役割を担って登場するのは、白村江敗北後の約半年後の翌年2月である。
そこから、<大海人皇子=戦勝国新羅の人>というような推測も生まれてくる。

大海人皇子は、4人の天智天皇の娘を妃に迎えている。
大田皇女、鸕野皇女(後の持統天皇)、大江皇女、新田部皇女である。
当時でも同母の姉妹との婚姻はタブーであったが、姪を妃に迎えること自体はさして問題ないとしても、4人もというのは如何なものだろうか、という気はする。

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