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2007年12月29日 (土)

年齢と感覚時間

年の瀬を迎えると、慌ただしく時間が過ぎていく気がする。
物理的な時間の長さは変わるはずもないのだが、人が感じる時間の長さは、さまざまな条件によって変わってくる。
一般に、忙しければ早く過ぎるような気がするだろう。
年末は何かと行事が重なるので、慌ただしいのだろう。

それはまあ自然なことだと思うが、もう1つ多くの人が口にするのが、年をとるに従い、時間が早く過ぎて行くような気がする、ということだ。
確かに、子供の頃に比べると、1年も1日も短いと思う。
例えば、小学生の頃は、学校が終わってからの時間がずいぶん長かったように思う。
私の小学生時代などは、近所の悪ガキが集まって遊んでいたのだが、家に帰るまでに遊び疲れるくらいの時間があった。

就職したばかりの頃でも結構長い時間があった。
最初の勤務は工場だったのだが、夏などは、終業後ビヤガーデンなどに出かけても、結構長時間を過ごせたような記憶がある。
それが最近は、飲み始めて気がついてみると、もう12時近くだったりする。

これにはどういう心理的なメカニズムが作用している?
一説によれば、残り時間によるものだという。
時間の過ぎていく早さは、残り時間に比例する。
残り時間は人によって異なるとしても、例えば生存可能な年齢を120歳とすれば、1歳の子供と60歳の人間は、時間の過ぎていく感覚が2倍程度違う、ということになる。

あるいは、次のように言う人もいる。
年齢による1年の長さの相対的な感覚は、<1/年齢>に比例する、と考えられるのではないか?
1歳の時の1年の長さを1とすれば、3歳ならば1/3であり、30歳ならば1/30、60歳ならば1/60というように、である。

とすれば、生まれてから20歳までに過ぎた時間の長さの感覚と、20~80歳の間で感じる長さの感覚は、次のように計算できる。
・20歳まで
1/1+1/2+1/3+……+1/20=3.59年
・20~80歳
1/21+1/22+……+1/79+1/80=1.36年

これだと、平均寿命を80歳とみても、20歳までに75%近くの時間を過ごしている、ということになってしまう。
これはいくら何でも極端だろう。
それで、例えば、2歳までは余り意識的ではないとして、1/1と1/2を除外するような補正をした方が妥当ではないか。
とすれば、
・0~20歳=2.09年
・20~80歳=1.36年

上記のように考えると、20歳までの長さが60%、20歳以降が40%となる。
私はそんなところかな、と思うがどんなものだろうか?

また、小さい頃の方の体験の方が強烈な記憶となって残ることが多い。
歳を重ねるに従い、体験の総量自体も増えてきて、個別の体験のウェイトが小さくなるということもあるだろうが、体験の時間の長さの差異と考えることもできるだろう。

同じ感覚の時間を体験するのに、歳をとってからだと余計に時間が必要だということにもなる。
過ぎてしまったものはどうしようもないが、これからの時間を大切にしなければならない、と改めて思う。

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