東京地裁の判断
中村修二-日亜化学の青色LEDの職務発明対価をめぐる裁判において、一審の東京地裁と控訴審の東京高裁の判断は大きく分かれた。
東京地裁は、先ず青色LEDの1997年~2010年までの売上総額を推計し、これを1兆2086億127万円とした。
これに、売上高利益率をかければ、日亜化学の得るであろう利益が算出される。
例えば、利益率40%ならば、1兆2086億円×0.4≒4800億円になる。
しかし、東京地裁はこのような方法によらず、以下のように利益を計算した。
日亜化学が特許を独占せずに、実施料20%で他社に実施権を認めた場合、日亜化学の得る利益は、
1兆2986億127万円×0.2×0.5=1208億6012万円
0.5を乗じているのは、予見できる将来の販売量のうち、実施権を他社に認めた場合、半分が他社に移るという考え方である。
この論理に対し、システム工学の専門家で、東京大学名誉教授の西村肇さんは、『人の値段 考え方と計算』講談社(0410)で、理系の立場から辛辣な批判を行っている。
批判の第一点は、有効数字に対する感覚である。
工学においては、用いる数値は多くの場合測定値であって、測定方法・手段によって規定される精度がある。
つまり、測定誤差を含んでいることが前提であり、意味を持つ桁数を有効数字と呼んでいる。
例えば、3cm程度の長さのモノの長さを測る場合、物差しで測るかノギスで測るかレーザーで測るかによって、1mmの誤差で測れるのか、0.1mmの誤差で測れるのか、0.01mmの誤差で測れるのかが変わってくる。
つまり、利益率40%とか、実施料20%というのは、有効数字1桁(もしくは、0が意味のある数値の場合は2桁)であって、それを用いて算出する数値の有効数字も、その桁数に限定されてくる。
売上高の数字が、1兆2086億127万円と、万円の数値に意味があると考えて、有効数字9桁の数値として算出したとしても、1桁の有効数字の数値をかけ算してしまえば、結果として算出した数値も1桁しか意味がない。
つまり、20%なり40%の数値をかけ算した時点で、万円の単位ではなく、1000億円の単位しか意味がなくなるのである。
判決文は、このような点への配慮を全く欠いたものとなっている。
批判の第二点は、予測期間についてである。
ハイテク製品の価格の下落率は、パソコン等の<性能/価格>の推移などで、日常的に感じさせられているところである。
半導体の世界には、有名な「ムーアの法則」と呼ばれる経験則がある。
インテルの創業者の1人であるゴードン・ムーアが、1965年に提唱したもので、「半導体の集積密度は18~24ヶ月で倍増する」というものである。
「ムーアの法則」がいつまでも続くことは論理的にあり得ないが、現時点でも、集積密度という意味では不適合でも、性能として捉えれば生きている、と言われている。
このような世界で、5年先の価格や利益率を予測することは、無謀に近い。
ともあれ、東京地裁は以上のような考え方によって、日亜化学が青色LEDによって得られる利益を1208億6012万円と推計した。
そして、この発明については、中村修二氏が、独力で、独自の発想に基づいて、行ったものであるから、その貢献度は少なくとも50%を下回らず、相当対価の額は以下の通りであるとした。
1208億6012万円×0.5=604億3006万円
そして、中村氏が訴訟で請求している額が200億円であるから、200億円を支払え、と判決した。
貢献度についても、裁判所自ら有効数字1桁という判断をしながら、相当対価を万円の単位で算出しているのは、まあ法律家の無知ということになろうが、結果として、中村氏の請求額を大きく上回る相当対価が算出されているので、その部分の論議は結果的に水面下に潜ってしまうということになった。
それはともかくとして、相当対価が600億円超ということは、従来の論議を大きく超えるものであり、特に研究開発投資のリスクを負う企業経営者に衝撃を与えた。
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