職務発明対価私見
宿命的な資源小国という背景をもとに、技術立国はわが国の国是ともいうべき位置を占めている。
その中で、知財戦略が、国としても企業としても大きな意味を持つことは否定できないだろう。
職務発明の相当対価の判断の問題はその1つの焦点と思われる。
ここで問題としなければならないのは、発明と事業化との間に存在している径庭についてである。
個人的な体験としても、事業化の難しさは一再ならず体験している。
実に魅力的なシーズであっても、事業化するまでには多くのバリアを乗り越えなければならず、そのすべてをクリヤすることは容易ではない。
開発フェーズよりも事業化フェーズの方が何倍も難しいというのが実感である。
ソニー創業者の井深大さんも次のように言っている。
開発に成功するまでに1のエネルギーが必要だとすれば、商品の試作に10倍、商品化に100倍、最終的に利益出るまでに1000倍はかかる。
また、青色LEDに関して、日亜化学の事業化リーダーだった小山稔さんは、『青の奇跡―日亜化学はいかにして世界一になったか』白日社(0305)で、 「自分の貢献度は発明者中村に匹敵するものではない」としながら、以下のように語っている。
「洩れてれて困るノウハウは生産現場の方に蓄積されていた」
「中村は現場での、さまざまな細部における真の進歩に気がついていない」
「研究開発に注がれたエネルギーの100倍、いや1000倍に相当するパワーが費やされて、今日に至った」
事業化の成功までのフェーズを、次のように3段階に分けて考えてみよう。
井深さんと小山さんは、「発明」と「会社の成功」との間のエネルギーやパワーの比率を1000倍と表現しているわけである。
1000倍というのは一種の比喩表現であるとしても、発明を大きく育てるのに、発明の倍のエネルギー・パワーを要し、さらにそれを会社の成功とさせるのに倍のエネルギー・パワーを要するとすれば、発明フェーズの貢献度は、1/8程度ということになる。
発明フェーズにおける中村修二氏の貢献度を50%とすれば、事業化のプロセス総体として中村氏の貢献度は1/16程度ということになり、配分総額を西村さんの推計による169億円とすれば、中村氏の受けるべき相当対価は10億円程度ということになる。
私は、企業内技術者が職務として行った発明に対しては、どれほど大きな経済効果をもたらした発明であったとしても、その程度の金額で十分ではないかと思う。
研究者のインセンティブは、もちろん金銭のみではない。
中村氏は、個人的には発明の果実として、カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授としての立場を得てもいるわけである。
そして、どうせ有効数字1桁程度の計算しかできず、しかもそのパラメーターの設定にも主観が入り込むことが避けられないとしたら、おおよその目安になる計算をした上で、ある程度社会的に容認される金額を設定するしかないように思う。
知財戦略の論議で気になることは、大学の果たすべき役割についてである。
知財戦略の重要な要素として、大学における特許重視が謳われ、主だった大学には、TLOが設置されている。
TLOとは、Technology Licensing Organization(技術移転機関)の略称で、大学の研究者の研究成果を特許化し、それを民間企業等へ技術移転(Technology Licensing)する法人である。
産と学の「仲介役」の役割を果たす組織で、技術移転により新規事業を創出し、それにより得られた収益の一部を新たな研究資金として大学に還元することで、大学の研究の更なる活性化をもたらすという「知的創造サイクル」の原動力として産学連携の中核をなす組織として位置づけられている。
私は、産学協同が可能な分野は、大いに共同すればいいと思うし、大学での研究成果を産業界で生かすことも積極的に推進すればいいと思う。
しかし、大学の本来の存在理由は、実用研究にあるわけではないだろう。
大学は研究と教育の場であって、結果として産業への活用が行われるという立場で考えるべきではないのだろうか。
大学の評価を、直接的に産業に役立つかどうかという視点だけで行うことは問題である。
近視眼的に産業との結びつきを追うことは、より大きな成果を逃す結果になるのではないかと考える。
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