職務発明の対価
日本語ワープロの開発は、「知的生産の技術」の歴史を大きく書き換えたものだった。
「『知的生産の技術』…③日本語(11月25日の項)」に書いたように、はじめて東芝製の日本語ワードプロセッサーが商品として登場したのは、1979年2月だった。
その開発に携わっていた元東芝社員が、東芝に対して発明対価として約2億6000万円を求める訴訟を東京地裁に起こしていることが、12月7日の各紙で報じられている。
提訴しているのは、東芝の元技監で、湘南工科大学教授の天野家氏(59歳)である。
天野氏のグループは、1977(昭和52)年と78年の両年に、日本語ワープロの実用に不可欠だった「同音語選択装置」と「カナ漢字変換装置」を開発した。
日本語は、同音異義語が多く、仮名と漢字が混在していることが特徴である。
それが「知的生産」における日本語の優位性になっているわけであるが、逆にその複雑性が仮名漢字変換は不可能だという通念になっていた。
天野氏らのグループは、入力した仮名を前後関係から判断して漢字と仮名の交ざった文章に変換する「二層型仮名漢字変換」と、意図しない同音語が出てくるのを減らすため、一度使った漢字を優先的に出すようにする「短期学習機能」を発明した。
これらの発明により、仮名を適切な漢字に変換できる確率が飛躍的に高まり、日本語ワープロの実用化に大きな貢献をした。
天野氏らの研究開発は、NHKの「プロジェクトX」でも取り上げられている。
東芝は、この2つの発明に対し、社内規定により特許を受ける権利を継承し、天野氏らの連名で特許を出願した。
この際、東芝は天野氏らに対し、特許譲渡の対価を支払っていず、報奨金として約27万円を支払った。
特許は出願後20年で権利が消滅するが、天野氏は権利が残存している96年、97年の2年分の対価を求めるとしている。
この2年間に東芝が特許から得た利益は約26億円と試算し、天野氏の貢献分を約10%と見積もった、ということである。
天野氏は、「訴訟を通じて、発明から生ずる権利は技術者のものだと訴えたい」とし、「技術立国を支える技術者の待遇向上を図りたい」と語っている。
一方、東芝は、「特許の対価は会社の規定に基づいて適正な額を支払っている」とコメントしている。
特許法35条は、職務発明について、次のように規定している。
職務発明とは、企業等の組織に属する社員等(特許法ではこれを「従業者等」という)が、、現在または過去の職務に属する発明について特許を受けたものをいい、天野氏らの発明も典型的な職務発明である。
職務発明については、企業等(特許法ではこれを「使用者等」という)が、通常実施権を有するが、従業者等は、使用者等に特許を受ける権利もしくは特許権を承継させたり、専用実施権を設定する場合には、相当の対価の支払いを受ける権利を有するものとし、その対価は、使用者等が受ける利益の額や使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない、としている。
当時の東芝の社内規定は、職務発明については、おそらく利益への貢献度などに関わりなく報奨金によって対応していたのであろう。
とすれば、天野氏らの提訴は、特許法の趣旨からして是認されるもののように思われる。
しかし、いくつかの問題がある。
第一に、その対価を具体的(定量的)にどう評価するかということである。
企業活動は複雑であり、この発明により得られた利益を分離して算出する必要があるが、それがどの程度客観的に行い得るか。
客観的とは、利害が対立する双方が、ある程度納得できるような形で、ということである。
また、職務発明は、会社が環境等を用意した上でなされるものであり、その会社の貢献度をどう評価するか。
さらには、天野氏の処遇は、これらの発明を踏まえて行われていたと考えられ、その部分に間接的であるにせよ、発明の対価的な要素が含まれていたとも考えられる。
しかし、発明の対価の問題は、技術立国の基本であり、さまざまな視点から、大いに論じられることが好ましいと思う。
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