漢字の情報伝達力
「今年の漢字」として漢字一文字が選ばれるのは、その一文字に意味があるからである。
昨日書いたように、2007年の「今年の漢字」には「偽」が選ばれたが、辞書を引くまでもなく余りイメージのいい言葉ではない。
森貫首の談話として、「このような字が選ばれることは恥ずかしく、悲憤にたえない。己の利ばかり望むのではなく、分を知り、自分の心を律する気持ちを取り戻してほしい」という言葉が紹介されている。
先ずは自戒することにしよう。
パソコンの仮名漢字変換で「ギ」を変換すると、次のような漢字が出てくる。
偽・疑・義・魏・儀・議・気・技・擬・着・戯・宜・伎・誼・妓・欺・犠・蟻・祇・祁……
これらの漢字は、それぞれ異なる意味を担っている。だからこそ、漢字一文字を選ぶ「今年の漢字」というイベントが成立しもする。
この漢字の持つ表意性は、コミュニケーション上きわめて優位である。
例えば、今朝の新聞の一面の見出しを見てみよう。
・原告が和解案拒否
・薬害肝炎訴訟
・大阪高裁
・救済者を線引き
といった言葉が表示されている。
これらの見出しの文字を見るだけで、おおよその記事の内容が推測できる。
これが
・げんこくがわかいあんきょひ
・やくがいかんえんそしょう
・おおさかこうさい
・きゅうさいしゃをせんびき
と書かれてたら、その意味を理解するのに要する努力は何倍にもなってしまう。
仮名だけで書いてあると、どこが意味の区切りか分かり難い。
「げんこくがわわかいあんきょひ」という文字列でも、先ず「げんこくが」か「げんこくがわ」かが直ぐには分からない。「わかい」は「和解」なのか「若い」なのか、「あんきょひ」の部分の「あんきょ」は「安居」とか「暗渠」と解する可能性もある。
梅棹忠夫さんは、かなタイプライターを使うときには、分かち書きを徹底することにより、このような意味の不明瞭性を減らそうとした。
「げんこく が わかいあん きょひ」と書けば、ずいぶん理解しやすくなる。しかし、「原告が和解案拒否」の明瞭性に比べれば、まだ読みにくいことは間違いない。
せっかく漢字にこのように優れた機能があるにもかかわらず、それを制限しようという規制がある。
漢字を学習するのが難しいから、使う漢字を制限しようということで、1946(昭和21)年11月16日の内閣告示により、1850の「当用漢字」が示された。
「当用漢字」は、様々な漢字の内、使用頻度の高いものを中心に、公文書やメディアなどで用いるべき漢字の範囲とされた。
当時はGHQが統治者だったから、漢字を難しい非合理的なものと考えたとしても仕方がなかったのかも知れない。
しかし、表音文字と表意文字は異なる機能を有するのであり、漢字の持つ役割を過小評価したことは間違いないだろう。
「当用漢字」とは、「日常の使用にあてる」という意味である。
1981年、より緩やかな「目安」として「常用漢字」が内閣から告示され、当用漢字は廃止された。
常用漢字(古くは当用漢字)によって、使用する漢字が制限されたことから、この制限に抵触する漢字は、かなで表記される習慣ができた。
漢字の熟語の一部をかな書きする「交ぜ書き」と称するものである。
例えば、「皮膚」の「膚」、「破綻」の「綻」、「失踪」の「踪」、「隠蔽」の「蔽」などが常用漢字表にないため、「皮ふ」「破たん」「失そう」「隠ぺい」などと表記される。
しかし、詠みにくいばかりでなく、何のことだから意味を取りにくいことは明らかである。
個人差があることは当然であるが、漢字の学習が難しいのは事実だと思う。
小学校の低学年の頃、宿題の漢字の書き取りを、偏だけ先に書いてしまい、次に旁だけ書いたりした記憶がある。
また、「薔薇」だとか「憂鬱」だとか「蟋蟀」などという字を書け、と言われても、先ず書けない。
しかし、例えば、「薔薇」という字を書けなくても、読める人は多いだろう。「憂鬱」という字は、何となく意味が伝わってくる。
「蟋蟀」(キリギリス)は、私も読めない字であるが、キリギリスをかな漢字変換すれば、容易に出てくるし、初めて見たとしても、まあ虫の類であることは分かる。
学生時代に親しんだ高橋和己などは、難解な漢字を使うことが好きな作家だった。
若手では、平野啓一郎が難解な漢字を良く使っている。
彼らはプロだから、そこに主張を込めているのだと思うが、日常生活の文書で難解な漢字を用いるのは、余りいい趣味とは言えないだろう。
しかし、「交ぜ書き」はもっと悪趣味のように思うがどうだろうか。
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