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2007年11月25日 (日)

『知的生産の技術』…③日本語

前記の短い引用からも分かるように、梅棹さんの文章は「ひらがな」が多いのが特徴である。
平易な文章を心掛けているということもあるのだろうが、「かなタイプライター」という道具を使っていたことが大きな要因になっていると思われる。
梅棹さんが『知的生産の技術』に紹介されているさまざまな技術にトライアルしていた頃、英語等で論文等を発表する必要のある人たちは、(ブラインドタッチか否かは別として)自分でタイピングをしていた。
しかし、日本語のタイプライターは、表裏反転した漢字を一字一字選び出して文章を作成するようになっており、漢字の配列を覚える必要があって、素人が簡単に入力できるようなものではなかった。
邦文タイピストは、特殊な技能の専門職種として位置づけられ、養成のための専門機関が各地にあった。

インターネットの普及によって、言葉の世界では、英語がグローバル・スタンダードの位置を占めるようになっている。
しかし、知的生産という面から考えると、日本語はまことに素晴らしい特性を持っているといえるだろう。
情報の表示形態にはさまざまなものがあるが、知的生産ということに関して言えば、中心になるのは文字である。
文字には、言葉の音を記号として定着させる表音文字と、言葉の意味や概念を記号として定着させる表意文字とがある。かな、カナ、alphabetなどは前者であり、漢字は後者である。
それぞれ情報伝達上の長所と短所があるが、両者をうまく併用していることにおいて、現代の日本語以上の言語は存在しないといっていいのではなかろうか。
漢字、かな、カナ、alphabetだけでなく、場合によってはハングル文字やアラビア文字などのすべての文字を混在させて使用することができるのである。

それにより、全世界の情報を対象に、あらゆるジャンルの用語を利用することができる。
表音文字だけの社会(たとえばアメリカ)や表意文字だけの社会(たとえば中国)ではそういうわけにはいかない。
特に注目すべきは,漢字の機能だと思う。
英語では、1字で意味が完結している単語は「I」ぐらいしかないないが、漢字は、1字で特定の概念を表示することができる。
同音意義語も、愛、哀、藍、間、相、会い、合い、遭いなどの使い分けができるので、表現の豊富さが担保される。
また、2字、3字、4字と組み合わせることにより、より複雑で高度の概念を表示することが可能である。

例えば、「情」と「報」というそれぞれ意味を持つ語を組み合わせて「情報」という新しい概念を作り、それに動きの方向性を示す「化」をつけて「情報化」、さらに程度を示す「度」を付けて「情報化度」などを造語していける。
必要ならば、さらにこれに「指標」や「比較」などを組み合わせ、「情報化度指標」や「情報化度比較」などとすることも可能である。
「現」と「代」、「組」と「織」、「格」と「差」、「感」と「覚」など、これまた際限がない。

敗戦後に国語改革の動きがあった時に、志賀直哉などが「国語廃止論」を唱えたことがあった。志賀は、雑誌「改造」の1946(昭和21)年4月号に掲載された『國語問題』という小文で、次のように言っている。

そこで私は此際、日本は思ひ切つて世界中で一番いい言語、一番美しい言語をとつて、その儘、國語に採用してはどうかと考へてゐる。それにはフランス語が最もいいのではないかと思ふ。六十年前に森有禮が考へた事を今こそ實現してはどんなものであらう。不徹底な改革よりもこれは間違ひのない事である。

後に、志賀は、(日本語の乱れが進む中で)この提言が単なる一時の思いつきではなく、確信であったことを吐露している。
「小説の神様」とも言われた人の判断だし、私が云々すべきことではないのかも知れない。
しかし、かな漢字変換が常態になり、かなと漢字の混在する文章を自由に作成でき、漢字の持つ優れた特性を有効に活用できるようになって現時点で考えれば、「何を考えていたのやら!?」という気がするのは事実である。

梅棹さんが利用していた「かなタイプライター」は、英文タイプと同じように、特別な職業的訓練なしに使うことができるように開発されたものだった。
しかし、キーの配列の構成などの問題から、「ひらかな」と「カタカナ」を混在させることすら、なかなか実現が難しいといった状況だった。
マイクロエレクトロニクスの発展により、ワードプロセッサーが開発され、かな漢字変換が行われるようになって、日本語の文章の作成方法は劇的に変化した。
商品としての日本語ワードプロセッサーが登場したのは、1979年2月のことで、価格は630万円、東芝製だった。
今では、パソコンにワープロソフトが標準的にバンドリングされ、凝ったレイアウトや多様なフォントが素人でも使えるようになっている。まさに今昔の感である。
今や「邦文タイプライター」などは、骨董として「お宝」というべきかも知れない。

私はメーカーの技術者を体験した後、考えるところがあってリサーチャーに転じた。
リサーチャーというのは、シンクタンクの研究員のことで、与えられた(もしくは自主的に設定した)課題について調べ上げ、それを報告書として取りまとめることを業務とするものである。
だから、モノの技術者から情報の技術者への転職ということができる。
モノの技術者の場合には、テクニカル・スキルの深化が求められたのだが、情報の技術者の場合は、テクニカル・スキルをどう考えたらいいのだろうか? 
自分たちに必要なスキルは何なのかを議論したあげく、「思考技術」という言葉に行き着いた。
つまり、情報の技術者の場合、テクニカル・スキル≒コンセプチュアル・スキルということになる。

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