『知的生産の技術』…①梅棹忠夫さん
ソフトテクノロジーやコンセプチュアル・スキルのほぼ同義語として、「知的生産の技術」という言葉が使われている。
工業が中心の時代には、生産技術といえば、モノ(材料)を加工したり、組み合わせたりして、より価値の高いモノを、いかに合理的に製造するかという方法を指していた。
情報が中心の時代になれば、情報を加工したり、組み合わせて、より価値の高い情報を、合理的に製造するための方法が求められることになるだろう。
今では当たり前のことのように思えるが、モノの生産技術に関心が集中していた時代に、視点を変えて考えることはなかなかできない。
「コロンブスの卵」である。
情報が社会の中心的な位置を占めている時代が到来していることを、文明史的な観点から、世界に先駆けて示したのが梅棹忠夫さんだった。
1963年に『情報産業論』と題する記念碑的な評論を発表している(「『放送朝日』6301号」、『梅棹忠夫著作集・第14巻「情報と文明』(9108)等に所収)。
「情報産業」という新しい概念の誕生である。
梅棹さんは、人類の超長期的な文明の発展史を次のように整理する。
文明の初期には、まず農業の時代があり、そこでは食糧の生産が産業の主流をしめた。
やがて工業の時代がおとずれ、物質とエネルギーの生産が産業の主流をしめるようになった。
つぎに産業の主流をしめるようになるのが,情報産業である。
そのことを、生命の発達・進化の過程との卓抜な比喩で示してみせた。
「農業の時代=消化器官系の機能充足の時代=内肺葉産業の時代」であり、それが「工業の時代=筋肉を中心とする諸器官の機能拡充の時代=中肺葉産業の時代」に移り、さらに「情報産業の時代=脳神経系もしくは感覚器官の機能拡充の時代=外肺葉産業の時代」に移行するという図式である。
『情報産業論』では、情報の価格決定に関する「お布施の原理」なども有名である。
情報的な商品には原価計算は成立しない。
例えば、お布施の額を決定する要因は、坊さんの格と檀家の格である。
それは一方的ではなく、双方の格の交点においてきまり、ある程度客観的に決定できる。
情報の本質(コストをかけないで生産や複製ができる)を見通した斬新な論議である。
しかし、当時においては斬新すぎて、その価値を認めたのはごく限られた層だけであり、「全体としてはほとんど無視されました」と、梅棹さん自身が語っている。
「知的生産の技術」という言葉も梅棹さんによって世に広められたものである。
梅棹さんは、万博の跡地に建築された千里の国立民族学博物館の創設に尽力され、初代館長として活躍されたことで知られているが、もともとは生態学を専攻し、後に民族学や比較文明論に移られた。
一貫してフィールドワークを中心としており、地球上のさまざまな地域に出かけていった。
結果として、梅棹さんは、有数の探検家になった。
さまざまな地域で行った調査・研究活動を行い、それを整理してアウトプットとして取りまとめる。
そのためにはメモをとり、文章を書き、資料を検索し、ファイルやフォルダーに区分けすることが必要だった。
その一連の過程を、「知的生産」として捉え、それに対して「技術」という視点からアプローチした。
それまで、調査や研究という仕事と、技術という概念は結びついていなかった。
調査や研究の「結果」を洗練された形で発表することへの関心はあったが、その「過程」、言い換えれば舞台裏を公表することはされていなかった。
梅棹さんは、自分の体験をベースに、岩波書店の広報誌『図書』に、「知的生産の技術について」と題する連載記事を載せた。
それに加筆修正を加えたものが、1969年7月に、『知的生産の技術 』として岩波新書版で刊行された。
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