私の『夏草冬涛』
井上靖『夏草冬涛』新潮社(6606)(産経新聞に640927~650913連載)は、井上の分身ともいうべき「洪作」少年の旧制沼津中学(現沼津東高校)時代の交友のありさまをベースにした青春文学の傑作である。
私も同校のOBであるが、在校生に対しておそらく必読図書に指定しているのではないかと思う。
井上さんの時代とは、社会の姿はすっかり変わってしまっているが、青春のあり方がそんなに大きく変わり得るはずもない。
随所に思い当たるような節があることは、多くの同窓生が感じることではないだろうか。
3日の夜、その時代を共に過ごした友人たちと、久しぶりに再会する機会を得た。
主幹事は、沼津で弁護士として活躍しているOである。Oは、大学在学中に司法試験に合格し、裁判官を何年か務めた後、地元に帰って開業し、県の弁護士会会長など要職を歴任している。
社会正義感、人を逸らさない話術、弱者への眼差し等を併せ持った、弁護士が天職ともいうべき性格の持ち主である。
そのOの求心力も与って、急遽の話だったにも拘わらず、大阪、京都、横浜等の遠隔地も含め、かつての仲間の8人が集まった。
個別には会う機会があるものの、まとまった人数ということになると、そんなに滅多にあることではない。
Oと私は、大学も一緒で下宿も近かったのだが、その後の会社生活においても、長い間顧問弁護士として一方通行的に世話になっている。Oに協力して諸連絡等を担当した。
一次会を某寿司屋さんで過ごした後、私と同じ下宿で生活していたYと東京の大学に行ったKが、もう少し話を続けようということで、地の利のいいわが家に立ち寄った。
YとKは、高校時代に自治会の代表を引き継いだ仲でもある。
Yは、大学に残って学究生活を続ける一方で、さまざまな政治的課題に取り組んでいる。頭髪に白さが目立ち、メタボ体型化が進んでいるように見受けられるものの、考え方も議論のスタイルも学生時代と余り変わっていない。
私とは、学生時代から、「違いを認め合う(agree to disagree)関係」とでも言えようか。
Kは、三菱系の日本を代表する企業で、系列法人の社長等を務めたが、既に悠々自適の日々を過ごしているようだ。
私は、ベンチャー企業に転じた結果、未だに悪戦を続けている。
往時の思い出やその後のそれぞれの人生経路の出来事を巡って話のタネは尽きず、まあ、「三酔人○○問答」といった趣がなくもない。
固有名詞がなかなか出てこなくなっているのは共通で、「アレ」とか「ソレ」という代名詞が増えてくるのは致し方がないだろう。
それでも、お互いに補いあって、エンドレスの会話が続く。
空が白み始めたところで、朝早くからの欠かせない仕事を控えていた私が、「そろそろ終わりにしよう……」ということにして、妻に運転を頼んでそれぞれ送り届けて、ようやくendingとなった。
私の都合さえなければ、当然さらに延長していたはずだ。
時の過ぎるのも忘れて……というのはまさにこういう感覚ではないだろうか。
YとK(と私)の果てしなき議論を傍聴していた妻は、2人を送って帰る車の中で、「あなた達は、本当に『夏草冬涛』の世界の住人なのね」と感心したのか呆れたのか分からぬ口調で、感想を洩らした。
良き友に恵まれた青春だったと改めて思う。
なお、「夏草冬涛」に因んだ文学碑が、沼津市内の妙覚寺(小説では妙高寺)という寺に建てられている。
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