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2007年11月10日 (土)

『密告』…⑤嶋田青峰

新興俳句弾圧事件は「京大俳句」だけでなく、1941(昭和16)年2月5日には、「土上」、「広場」、「俳句生活」、「生活派」の関係者の検挙へ拡大した。
「特高月報」は、例えば「土上」グループに関して、以下のように記述している(小堺昭三『密告 昭和俳句弾圧事件』ダイヤモンド社(7901))。

「土上」グループは右者(嶋田青峰こと嶋田賢平)中心となり大正十一年高浜虚子の主宰する有季定型俳句「ほととぎす」派の一グループとして結成されたるものにして機関紙「土上」を発行しつつありしが、昭和八年頃より従来の定型派が花鳥諷詠を事とし、俳句を単に娯楽化し、実生活と遊離し居るに惟らず「ほととぎす」を脱退して無季定型に依る一派を起し、「プロレタリアリアリズム」に依る創作方法を採用し、勤労大衆の生活を詠むことを主眼とし、其の傾向漸次共産主義の立場を採るに至り、反資本主義的、反戦的意識を強調せる俳句を機関紙に掲載発表し以て大衆に対する共産主義意識の啓蒙高揚を図り来たるものなり

嶋田青峰は、1882(明治15)年に、三重県志摩郡的矢村に生まれた。
俳号は、志摩の名山青峰山よりとった。早稲田大学英文科を卒業後、中学の英語教員を勤めた後、1908(明治41)年に国民新聞社に入社し、虚子のもとで文芸欄を担当した。
虚子が退社すると、後任の学芸部長となった。その間、「ホトトギス」の編集を助けていたが、1922(対象11)年に篠原温亭とともに「土上(ドジョウ)」を創刊した。温亭が没した1926(大正15)年以後は、主宰者となった。

青峰は、新興俳句運動に理解を示し、「土上」に拠るグループは、無季定型による「生活俳句」運動を展開した。
新興俳句運動の担い手たちは、比較的若い層が多く、弾圧事件における被検挙者の中で、青峰は57歳という最も高齢者だった。
上記のように、青峰は虚子との関係が深かったから、主宰誌が新興俳句派の拠点となっていることに関し、虚子の門弟たちは、「恩ある虚子に弓を引いた」というような見方をした。
秋櫻子も心配して、「馬酔木」に「天地眼前にくずるるとも無季俳句を容認すべきではありません」と書いて、10歳上の青峰に忠告した。

青峰が検挙されると、虚子の弟子たちの反応は、「秋櫻子の警告を無視し、新興俳句派の若造たちにおだてあげられていい気になっていた天罰だ」などとささやいていたらしい(小堺:上掲書)。
新興俳句弾圧事件では、編集発行人の青峰の他、東京三(のち秋元不死男)、古家榧子が検挙された。
早稲田署に検挙され、肺結核が再発して早朝4時に喀血したのにもかかわらず、昼過ぎまで手当を受けず、帰宅を許されたのは夕刻近くだった。
結局それが原因となって健康を損ない、一度も立ち上がることができないまま、1944(昭和19)年5月31日に亡くなった。
5月31日は、青峰忌として季語になっている。

青峰の長男の洋一は、「家の光」の編集者だった。そのかたわら、「早稲田俳句」を発行し、有季定型を否定する新興俳句を推進していた。
「家の光」は、150万部という日本一の発行部数を誇っていた。俳句欄の選者は青峰が担当していたが、寝たきりになってしまったので、代わりの選者を探す必要があった。
洋一は、秋櫻子に依頼したが断られた。第二候補の富安風生にも断られた。しかし、共に、その理由は曖昧だった。
風生は、蕪子を推薦した。洋一にとっては、まさに「親の仇」である。
結局、蕪子が「家の光」の選者におさまり、洋一は自ら俳句欄担当から離れた。
蕪子は、「家の光」の選者の座が欲しくて、青峰を投獄したという見方もある(小堺:上掲書)。
青峰の作風は、次のように端正なもので、反戦俳句とは無縁のものだった。

月に顔さらして眠るうからかな
一木の下一石祀り青田道

だから、特高は、具体的な作品内容ではなく、新興俳句派の主柱的存在という理由によって留置していた。
つまり、留置は放置で、喀血するまでそのままにしておかれ、、留置場で亡くなられると困るから家に帰されたのだった。結局、その放置が命を縮める原因となった。

わが影や冬の夜道を面伏せて

何となく後年の悲惨な弾圧を予感しているかのような句とも感じられるが、故郷の的矢神社の境内に建っている句碑が、次のように伸びやかな作品であることに救われる思いがする。

日輪は筏にそそぎ牡蠣育つ

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