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2007年10月25日 (木)

選句の基準…⑤「予想外」あるいは「勘と好み」

06年5月号では、森田智子さん(「樫」同人)が、『現代性に拘って』と題し、8月号では、仁尾正文さん(「白魚火」同人)が、『伝統墨守』と題していて、対照的である。
仁尾さんのいう「伝統」の内容は、以下のようなことであり、これは分かり易い。
①有季定型
②文語
③歴史的仮名づかい
しかし、これらは「採る句」の「条件」ではあっても、「基準」ではないだろう。

森田さんは、「現代性」に関しては具体的に説明をしているわけではない。
しかし、「上五、中七と読んできて、次にくるものが想像の範囲内にある句、つまり下五が読めてしまう句は採らない」としている。
とすれば、想像の範囲を超えたものが「現代性」の要素ということだろうか。
想像の範囲か否かといえば、9月号では、如月真菜さん(「童子」「澤」同人)も、『予想外の魅力』と題している。

如月さんは、「選句の基準は句に魅力があるかどうかにつきる」が、選者にとって確固たる基準があったとしても、句の魅力は他者からすれば曖昧だろう、と書いている。
全くその通りだと思うが、それでは「選句の基準」を示したことにならないだろう。
結局、如月さんは、自分の選句の考え方を、例句をあげて説明するに留めて、一般論としての基準を明示的に説明することはしていない。
虚子ですら「なかなか説明できません」というのだから、説明が難しいことはよく分かるが、読者としては何らかの言葉が欲しいと思う。

何人かの俳人の「選句の基準」を眺めてみると、結局、06年1月号で今井千鶴子さん(「ホトトギス」「玉藻」「珊」同人)が、『勘と好み』としているところに行き着くようにも思える。
「勘」とは、何千・何万とある句を一見して総合判断を下す力である。
その総合判断を下す力は、たぶん経験によって培われるもので、数多くの実作と選句を経た結果だろう。

今井さんは、60点以下、80点以上の句を見分けるのは比較的楽だが、悩むのは60点~80点の間の句で、そこは選者の「好み」も関係してくる、という。
「選句の基準」を説明する「発見」だとか「詩趣」のような言葉は、主観の介在を避けられないものであり、「好み」という言葉を使わざるを得ないのではないか。
たまたま、「『選句』の遊び適性」(8月23日の項)で、われわれにとって「選句の基準は、句の良し悪しというよりも、選者の好みの問題」としたが、俳人という人たちも結局は「好み」に落ち着くことになるのだろう。

それはそれとして、今井さんの文章の中に、少しドキッとした箇所がある。
類句に関連して、盗作を言語道断としているのだが、超有名句を自分の名前で新聞などに投句してくる人がいるらしい。
加齢によって、愛唱句と自作の見境がつかなくなったことが原因だろうと推測している。
私は新聞などに投句した経験はないし、これからもないだろうと思う。
そして、まだしばらくは超有名句を自作と区別できなくなることもないと考えているが、誰にでも加齢は訪れる。気をつけるに越したことはない。

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