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2007年10月17日 (水)

有名句の評価…①子規

図書館をブラウジングしていたら、「俳句」という雑誌の棚があった。角川書店から刊行されている月刊誌である。
バックナンバーを眺めてみたら、「本当に名句なのか?」という特集が目に入ってきた。2006年の2月号である。
この特集は、現役の俳人が、評価の分かれる有名句について、既存の評価にとらわれず論評した、と説明があった。

論じている俳人は全部で20人で、いわゆる有名句について、5人ずつが論評している。
昭和13年生まれの大石悦子さん以外は、皆私よりも若い。一番若い如月真菜さんは、実に昭和50年生まれである。
俳句というと何となく高齢者の趣味のような気がするが、現役で活躍している俳人は、既に戦後生まれが中心になっているということだろう。
さて、俳人たちは、有名句をどう評価したのだろうか?
冒頭の句は、「俳句評価の難しさ」(8月24日の項)で話題にした次の句である。

鶏頭の十四五本もありぬべし(正岡子規)

この句に対する論評は以下の通りであって、評価の軸は、<ありぬべし>の語をどう捉えるか、である。

1.片山由美子(昭和27年生)…作者も作品のうち
子規の境遇を知らない人は、<ありぬべし>をもって回った表現だと考えるかも知れないが、作者を想定した読みがあってもいいのではないか。
十四五本という無造作で曖昧な数が、場面を読者にくっきりと思い描かせて揺るぎない。

2.渡辺誠一郎(昭和25年生)…ありぬべしと生き続ける
脊椎カリエスの激痛に耐え、なお生きようとする子規の意志が鶏頭を捉えた。鶏頭と子規の生が一直線につながり、それ以外のものとの関係を峻拒する。
現実に鶏頭がなくても、子規の幻視であっても構わない。
<ありぬべし>とした子規のエネルギーが、定型の力を呼び、鶏頭が言葉として直立して生き続ける。

3.高橋修宏(昭和30年生)…一回性のリアリティ
作者は、鶏頭にだけ焦点を当て、<ありぬべし>と言いとめている。鶏頭は実景としての鶏頭ではなく、作品に仮構された鶏頭であって、作者が唯一度だけ出会うことのできたものであり、鶏頭は一回性の存在として書かれているのだ。
俳句とは言葉で書かれるものという自明性を先駆的に開示した稀有な作品だろう。

4.如月真菜(昭和50年生)…無力なもの
<ありぬべし>のゆるい言葉遣いには、日本語の持つ、どうでもいいようなだらしないような空気感がある。
この句の上を行きつ戻りつしているうちに、そういう無力なものの魅力が見えてくる。
鶏頭の句は、無力なものの魅力を作者が発表する力を持てるのか、あるいは選者がそれを選ぶことが出来るのか試されているのかも知れない。

5.千野帽子(?年生)…ユルかわいい句
<ありぬべし>の「ユルい」感じは、子規ならではのもの。読んで素敵な句だけど、私たちは、情報量が多く、凝縮度の高い近代俳句を経ており、こういう句を作れる時代に生きていない。

各評者の短文を、さらに私なりに要約してしまったから、真意を把握し損ねている可能性があるが、全体として肯定的な評価であって、否定的な人は1人もいない。
しかし、肯定や否定というのも程度の問題ではある。
代表句とする程の肯定か、あるいは1割程度を選ぶ選集に入れるのかどうか、等々の差異がある。
大胆に区分けすれば、以下のような感じか。
◎:渡辺誠一郎、高橋修宏
○:片山由美子
△:如月真菜、千野帽子

差異は、<ありぬべし>の表現についての見方の差である。
この句の場合、<ありぬべし>の語をどう捉えるかに関して、かなり対極的な見方に分かれている。
一つは、作者のエネルギー(渡辺氏)や<鶏頭の>存在の一回性(高橋氏)を見る見方である。厳しく鋭い生の瞬間を感じる見方と言ようか。
もう一つは、無力なもの(の魅力)(如月氏)やのんびり感(千野氏)を感じる見方である。
「ユルい」表現あるいはもって回った表現(片山氏)という捉え方は、存在の一回性という捉え方とは対蹠的といえよう。

これは、独立した一句として捉えれば、「ユルい」表現という評価になり、子規の境涯との関連で捉えれば、ギリギリの生が表現されている、という解釈になるということだろうか。
とすれば、評価は作者についての情報と切り離して行うべきなのかどうか、ということが問題になる。
私も片山氏のように、そういう読み方が「あってもいい」とは思うが、とすると、桑原武夫の第二芸術論(8月25日の項)が提起したように、俳句は芸術として自立し得るのかということが問われるだろう。

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