新興俳句弾圧事件…①全体像
「俳句」誌のバックナンバーで、川名大『新興俳句弾圧事件の新資料発見!』(0605、0606)という論考が目に止まった。
新興俳句弾圧事件とは、治安維持法下における思想弾圧事件の一つで(8月13日の項)、昭和15年2月14日の第一次「京大俳句」弾圧事件から、18年12月6日の「蠍座」(秋田)弾圧事件までの、4年間にわたる一連の出来事である。
事件の性格上、多くの資料が極秘扱いになっているし、関係者の多くは既に故人となっていて、その全体像は未だ明らかにされているとは言い難い。
川名さんは、思想弾圧関係の極秘資料を多く所蔵する国立公文書館と国立国会図書館を中心に関係資料を探索し、司法省刑事局編「思想月報」「思想資料パンフレット」の中から、新興俳句弾圧事件の新資料を発見した。
「特高月報」によれば、新興俳句関係で治安維持法違反容疑で検挙された事案(検挙日と被検挙者)は以下の通りである。
1.「京大俳句」関係
・第1次…昭和15年2月14日
井上隆證(白文地)、中村修次郎(三山)、中村春雄(新木瑞夫)、辻祐三(曽春)、平畑富次郎(静塔)、宮崎彦吉(戎人)、福永和夫(波止影夫)、北尾一水(仁智栄坊)
・第2次…昭和15年5月3日
石橋辰之助、和田平四郎(辺水楼)、杉村猛(聖林子)、三谷昭、渡辺威徳(白泉)、堀内薫
・第3次…昭和15年8月31日
斎藤敬直(西東三鬼)
2.「広場」関係…昭和16年2月5日
藤田勤吉(初巳)、中台満男(春嶺)、林三郎、細谷源太郎(源二)、小西金雄(兼尾)
3.「土上」関係…昭和16年2月5日
島田賢平(青峰)、秋元不二雄(東京三・戦後は秋元不死男)、古家鴻三(榧夫)
4.「日本俳句」関係…昭和16年2月5日
平沢栄一郎(英一郎)
5.「俳句生活」関係…昭和16年2月5日、7日、21日
橋本淳一(夢道)、栗林農夫(一石路)、横山吉太郎、野田静吉(神代藤平)
6.「山脈」関係…昭和16年11月20日
山崎清勝(青鐘)、山崎義枝、西村正男、前田正、鶴永謙二、勝木茂夫、紀藤昇、福村信雄、宇山幹夫、和田研二
7.「きりしま」関係…昭和18年6月3日
面高秀(散生)、大坪実夫(白夢)、瀬戸口武則
8.「宇治山田鶏頭陣」関係…昭和18年6月14日
野呂新吾(六三子)
9.「蠍座」関係…昭和18年12月6日
大河隆一(加才信夫)、高橋凱晟(紫衣風)
こうして改めて書き出してみると、実に多くの俳人が検挙されているし、累の及んだ雑誌の数も多い。
治安維持法違反容疑といっても、例えば「菊枯れる」とか「枯れ菊」という季語があるが、菊は皇室のことを指しているから、「菊枯れる」は皇室の衰退を意味する、というようなもので、言い掛かりとしか言いようのないものが多かった。
現時点では想像することすら難しい暗黒の時代である。
しかし、こういう言い掛かりによって、実際に被検挙者は長期にわたり拘留されると共に、上記の中で13人は起訴され、懲役2年(執行猶予3~5年)の刑を受けた。
当時、反体制のレッテルを貼られることは、生存権の剥奪にも等しく、容疑を掛けられただけで辛酸の生活を余儀なくされたのだ。
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