黒川紀章氏の死/追悼(2)
建築家の黒川紀章さんが、12日に亡くなった。
今年は、都知事選や参院選に出馬して、世間的に名前を売ったばかりである。
選挙運動のパフォーマンスは、悲壮感を通り越していささか喜劇的ともいえる様相を呈していた。
そこまでやらなければならないのか、という痛ましい感じすら覚えたのだったが、何となく自分の死期を予感していたのかも知れない、などと思う。
女優の若尾文子さんと結婚したことも含め、目立つことが好きだったことは間違いないだろう。
そもそも建築家という仕事が、強烈な自己主張がなければ成り立たない。
特に、コンペで獲得するようなプロジェクトでは、いかにして人の目をひきつけ得るかということが重要なポイントになってくる。
京大の建築学科で学部を終えたあと、大学院は東大の丹下健三研究室で学んだ。スター建築家を目指すとしたら、やはり丹下研は大きな魅力だっただろう。
たまたま今年の4月、妻と一緒に東京の新名所を訪ねる機会があった。オープンして間もない国立新美術館もその一つだった。
黒川さんの設計である。
微妙な曲線で表現された外観は、黒川さんの造型力を遺憾なく示したもので、黒川さんの名前こそ知っているものの、建築家事情などに全く無縁の妻も、感嘆しきりという感じだった。
黒川さんは、1960年5月に、世界デザイン会議の準備をきっかけに結成された「メタボリズム」グループの一員だった。26歳の時であり、まだ大学院生だったが、既に独立していた。
以来常にホットな話題を提供してきたが、独立後の数年は、食べることにも苦労したらしい。そういう生活の中で、深夜に論文を書き続けたという研鑽が、その後の活躍の素地を作ったのだろう。
メタボリズムとは新陳代謝のことであるが、最近よく使われるメタボリック・シンドロームのメタボリックは、メタボリズムの形容形である。
metabolismという言葉は、ismが付いているから、主義主張を表現するのに好適である。そこに着目したわけであるが、「機械の時代から生命の時代へ」という文明論的な視点も包摂されているところが、さすがに先駆的だったと思う。
辞書にも、①「新陳代謝・物質代謝」の次に、②「1960年代にわが国で主張された建築理論。機能などの外的要因の変化にともない、都市や建築も交替・変化していくとするもの」と解説されてる。
建築理論が公認されている数少ない例だろう。
メタボリズム・グループは、黒川さんの他、川添登、菊竹清訓、浅田孝、栄久庵憲司、粟津潔が創設メンバーだった。
「来るべき社会の姿を、具体的に提案し、歴史の新陳代謝を、自然に受け入れるのではなく、積極的に促進させよう」という趣旨の『METABOLISM/1960』というマニフェストが会議と同時に出版された。
この理念に賛同した建築家の槙文彦、大高正人もグループに参加した。
1960年代末頃に起きた未来学ブームを先取りするものだったといえよう。
私は学生時代に、筑摩書房から刊行されていた雑誌「展望」に掲載された川添登さんの『黒潮の流れの中で』という評論を読み、壮大なロマンを感じた記憶がある。
メタボリズム・グループとの最初の出会いだったことになる。川添さんと川添さんから「建てない建築家、書かない評論家、教えない大学の教授」と評された浅田孝さん辺りがグループの理論的支柱だったのではないかと推測するが、メンバーそれぞれが積極的に論陣を張るという趣きだった。
余談ではあるが、浅田孝さんは、『構造と力』で一世を風靡した浅田彰さん(京大経済研究所准教授)の叔父にあたるという。
メタボリズムは、建築を構成する要素を、寿命の長短によって骨格部分と可変部分とに分けることによって具現化されていった。
古くなった可変部分を取り替えることによって、建築物の新陳代謝を図ろうという意図である。
黒川さんの「中銀カプセルタワービル」(1972年竣工)は、その理念の代表作であろう。
すべての家具や設備をユニット化し、それを住宅カプセルの中に納め、2本の鉄筋コンクリートのシャフトに接続させている。
メタボリズム運動の記念碑的作品ではあるが、まあ実験的と呼ぶのが相応しい建築物で、肝心の住み心地はとても快適とは思えない。
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