60年安保…②5月19日
岸首相は、1960年1月17日羽田空港を飛び立ち、1月19日午後2時半(現地時間)、ホワイトハウスのイーストルームで新安保条約(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条)の調印式が行われた。
新条約批准案は、1960年2月5日に衆議院に提出され、2月19日からの衆議院安保条約特別委員会で本格的な論戦に入った。
論点はいくつもあった。
最初に問題になったのは、「国会修正権」で、国会に条約の修正を行う権利があるかどうかが問われた。
この問題に関しては、参考人として呼ばれた学者の間でも意見が分かれたが、保留状態で審議が続けられた。
次に問題になったのは「極東の範囲」だった。
岸首相は、「韓国、中華民国の支配下にある地域も含まれる」という見解だったが、これに対して、社会党だけでなく、中国との関係改善を主張していた自民党の議員たちも問題視した。
さらに、在日米軍の出動の際の「事前協議」において、日本に拒否権があるのかどうかが問われた。
政府の答弁は、これらの論点に関して、明確性・一貫性・具体性を欠くものであった。
しかし、岸首相は、条約の批准を急いだ。アメリカ側で批准されたにもかかわらず、日本が国会の会期末までに法案を可決できなかったらどういう事態になるか?
通常国会は、5月26日が会期切れで、参議院での自然承認を可能にするためには、4月26日までに衆議院で可決することが必要だった。
政府の説明が十分に説得的なものでない一方で、4月22日に自民党から安保特別委員会で参考人の意見聴取を行う、という動議が提出された。それは、審議打ち切りを意味し、社会党、民主党は態度を硬化させて、特別委だけでなく衆議院の審議を拒否した。
4月26日に、国民会議の第15次統一行動が行われた。
この頃には、全学連主流派は、国民会議の方針とまったく別の闘争方針を取るに至っていた。
国民会議の統一行動は、日比谷公園から国会まで請願デモを行い、日比谷公園に戻って東京駅までデモを続けて流れ解散するもので、平穏なものだった。
一方、全学連主流派の学生は、国会への突入を試みたが、警官隊の防御線を破れず、唐牛委員長をはじめ、多くの幹部クラスが逮捕される結果となった。
全学連の闘いは孤立したものだったが、一方で、国民会議型運動に飽き足らない感情に訴える要素も持っていた。
5月10日に、外務省がアイゼンハワー大統領が、6月19日から5日間訪日することになったと発表した。
岸首相は、6月19日までに批准を終えていることが至上命題だと考えた。
衆参両議院の可決か、衆議院で可決して自然承認するか。後者ならば、5月19日までに衆議院を通過させなければならない。そのためには、安保特別委の審議を打ち切らなければならない。
5月19日、岸首相を中心とした自民党主流派は、議員秘書のうち女性や老人を青年名義に変え、600名近くの「秘書団」を編成した。
衆議院の傍聴席は、早朝から暴力団風の男たちで埋まっていた。
午前10時40分に安保特別委が開会した。午後0時37分にいったん休憩になった。
自民党の秘書団が議長室、安保特別委室、本会議場入り口、議員入り口などにピケを張る。この秘書団の中には、顔に傷のある者やサングラスをかけた者が多くいた。
午後10時25分に本会議開催の予鈴が鳴った頃、安保特別委の再開が宣せられた。
議員が入り乱れて審議が行われ得ないような状況の中で、3分ほどの間に次のことが可決されたことになった。この時の安保特別委の委員長は、小沢民主党代表の父の佐重喜氏だった。
①委員長が開会を宣言
②質疑打ち切りの動議が読み上げられ、賛成多数で可決
③日米新安保条約、新行政協定、関連法案の採決を求める動議が出され、賛成多数で可決
④上記の採決が行われ、賛成多数で可決
この様子はTVでも放映されたが、茶番劇であることが国民の目に曝された。
午後10時35分に再び本会議開催の予鈴が鳴るが、清瀬議長が社会党の議員と秘書団に阻まれて、議長席を出ることができない。
議長は、警官隊を導入し、11時5分から警官隊の実力行使が始まった。議長は警官隊と院外団に守られて、自民党議員しかいない本会議場に入った。
11時49分に本会議の開会が宣せられ、50日間の会期延長が賛成多数で可決された。散会が宣せられたのは、午後11時51分だった。
翌日は午前0時6分に開会が宣せられ、新安保条約を関連法案が一括して多数で可決された。散会は0時18分だった。
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