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2007年9月14日 (金)

坂本パラダイム

坂本太郎は、「大化改新の研究」で文学博士の学位を得た。それは、先行する津田左右吉の「大化改新の研究」を批判的に乗り越えようとするものであった。

津田は、戦前・戦中の皇国史観が絶対的な影響力を持っていた時代に、『記紀』の記載内容、特に神話の部分等に関し、厳しい史料批判を行った学者として知られている。
それは、歴史学の方法論としては当たり前のことではあったが、天皇制の正当性に触れるタブーを侵すものであり、昭和15(1940)年には、『古事記及び日本書紀の研究』などの著書が発禁処分を受けた。
その弾圧体験によって、敗戦後は、一転して軍国主義に屈しなかった進歩的学者として持ち上げられたが、昭和21(1946)年には、「世界」に天皇制擁護の論文を発表している。

坂本は、昭和20(1945)年12月に、東京帝国大学文学部教授に就任し、古代史学界をリードする立場に立った。
そして、敗戦により、皇国史観を主導してきた平泉澄らが辞職するなどして、混乱を余儀なくされていた東京帝国大学の国史学科を再建するのに貢献した。
坂本の立場は、津田が『日本書紀』の記載を否定的にとらえるのに対して、厳密な史料批判は必要としつつも、とくに大きな矛盾を生じない記載については容認するものといえる。

昭和24(1949)年~昭和34(1959)年の間、史学会の会長を務めるなど、学界全般に大きな影響力を持ち、「今日の『日本古代史』という分野の大枠を設定し、研究の方向性を明示する役割を果たした人物である」と評価されている。(吉田一彦『近代歴史学と聖徳太子研究』/大山誠一編『聖徳太子の真実 』平凡社(0311)所収)。
また、「坂本パラダイム」と呼ばれる認識の枠組みは、歴史教育にも取り入れられ、「古代史の部分は坂本説が教科書に書かれ、教えられたので、それが国民的歴史常識となっていった」とされる。(上掲吉田論文)

記憶を辿ってみると、高校時代の日本史の教科書は、坂本太郎の監修のものだったはずなので、私もまさに「坂本パラダイム」で教育されたことになる。
しかし、工学部を受験するつもりでいたこともあって、受験に必要な程度の勉強しかせず、本質を考えようという発想が無かったので(まあ、受験生はほとんどそうだろうが)、古代史に代替的な歴史像があり得るなどと考えてもみなかった。
また、その後、予定通り工学部に入り、エンジニアとして社会人になったので、日本史とはほとんど縁がない人生だった。だから、「坂本パラダイム」などという言葉を知ったのも、最近のことである。

「坂本パラダイム」を簡単に要約することは難しいが、ここでは坂本自身が平易に語った文章を引いてみよう(坂本太郎『国家の誕生』講談社(6811))。

(日本国家は四世紀半ばに一応の成立をみた。しかし、それは時とともに発展し、充実していく。)その姿は、あたかも、誕生してから、日とともに成長し、成人となる個々の人間に似ている。もし、この成人の日をむかえるときを、第二の誕生とするなら、日本の国家にも第二の誕生があった。それは、七世紀にあったとわたしは考える。
七世紀のはじめ、古代史上の偉人聖徳太子が現れた。太子は新しい国造りの理念を示した。その理念は半世紀の後に実現されて、唐にならった中央集権機構が完成し、日本は、強大な君権をいただいた国家に成長した。学問・宗教・芸術が栄え、他国におとらない文化水準に達した。
四世紀半ばに誕生し、三世紀を経て第二の誕生をむかえた日本古代国家は、ここに名実ともに整ったといってよい。

「坂本パラダイム」は、上掲吉田論文から引用すれば、日本古代史の発展過程を、以下の4つのフェーズに分けて理解するもの、ということになる。
①聖徳太子太子の新政
②大化改新
③律令国家の成立
④律令国家の崩壊

吉田氏によれば、「坂本パラダイム」のうち、④の平安時代の理解や②の改新之詔の理解については、多くの批判を受けて、もはや成り立たなくなっている。
また、①聖徳太子の新政についても、その実像について多くの疑念が呈されている。
しかしながら、大枠、つまり③律令の諸制度を中心に古代国家が成立する、という考え方は、未だ中心的位置を譲っていない。

聖徳太子の時代から、律令国家が成立するまでの時代とは、中国や朝鮮半島など東アジアが激動する中で、日本列島が震撼しながら、自律した国家を形成しようとした時代である。日本という国のアイデンティティを理解する上でも、きわめて重要な意味を持っていると思う。
現在も、グローバル化が進む中で、特に東アジア諸国との関係にさまざまな問題を抱えている。
その意味で、この時代の像を問い直すことは、今日的な課題でもあるといえるのではなかろうか。

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