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2007年8月12日 (日)

戦後レジームについて

7月29日に投票が行われた参議院議員選挙は、「自民党の歴史的大敗」という結果となった。
安倍総理は「戦後レジームからの脱却」を旗幟の一つとして掲げていたが、それが論議の焦点となったとは言い難い。
有権者の関心は、年金問題や閣僚の不手際が相次いだことに向いていたように思われる。
また、2005年の「郵政総選挙」で自民党を勝たせ過ぎてしまった、という感覚もあっただろう。郵政民営化は是としたが、その他の争点についてまでも、全面委任したわけではない、という意識である。

結果として、参議院は民主党が第一党となり、一方で衆議院は自民党・公明党が圧倒的多数派のままだから、国政は捩れ構造を抱えることになった。
安倍総理はいち早く続投を表明したが、自民党内部からの批判も相次いでいる。国会運営は多難となるであろうから、早晩解散総選挙という事態になるのかも知れない。

総選挙となれば、まさに「戦後レジームからの脱却」は大きな争点となるだろう。
正直にいえば、安倍総理が「戦後レジーム」という言葉で何を表現しようとしているのか、必ずしも明快ではない。
世界史的にみれば、先ずは「戦後冷戦体制」だろうし、国内的に考えれば、自民党と社会党が対立しつつ補完してもいた「55年体制」ということになるだろうが、それはとっくに崩壊している。
おそらくは、現憲法をはじめとするいわゆる「戦後民主主義体制」を指し、その脱却とは憲法改正等の施策のことだろうと思われる。

私は敗戦の時点でちょうど満1歳だったから、まさに「戦後レジーム」という時空の中で生きてきたことになる。
だから、「戦後レジーム」についてはもちろん拘りを持っているが、一方で、戦後も既に60年以上を経ているのだから、そこからどう脱却していくかを考えることも当然のことだと思う。
そして、脱却を考えるための前提として、どう総括するかという問題があると考える。

「戦後レジーム」には、さまざまな要素がある。その一つに、「日米安保体制」も挙げられるだろう。
「日米安保体制」の確立に重要な役割を担ったのが、安倍総理の祖父・岸元総理だった。
「60年安保」は、戦後史を特徴づける出来事だっただろう。今では想像もつかない程の数のデモ隊が国会を取り巻いた。
6月15日には、デモ隊の渦の中にいた東大生の樺美智子さんが亡くなるという不幸な事態も起き、「岸を倒せ」の声が広がった。
しかし、岸元総理は「(安保改訂に賛成する)声なき声が聞こえる」と言い、「歴史が判断する」と強行突破したのだった。

安倍総理は、A級戦犯容疑に問われたこともある祖父を大変尊敬しているらしい。
続投表明後の安倍総理の姿勢は、まさに「声なき声」を頼りに、「歴史の判断を仰ぐ」と言いたげにも見える。
しかし、まさか「戦前・戦中レジーム」の方が良かった、と考えているわけではないだろう。
とすれば、「ポスト戦後レジーム」をどう構想するのか、もっと積極的な説明が求められるのではなかろうか。

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