2016年10月 1日 (土)

低迷する消費と経済政策/アベノポリシーの危うさ(98)

アベノミクスと称する経済政策は目標を達成しないことによって生きながらえている。
「道半ば」と言えば、済むからである。
⇒2016年8月30日 (火):いつまでも「道半ば」の経済政策/アベノポリシーの危うさ(95)

日銀が「2年で2%の物価上昇率を実現する」と言って実行した異次元金融緩和策いわゆる黒田バズーカ砲も目標を達成できていない。
9月21日の政策決定会合で、金融政策の目標を国債買い入れなどの「量」から「金利」に転換したが効果はどうか?
⇒2016年9月25日 (日):金融緩和政策の「新しい判断」/アベノポリシーの危うさ(96)

総務省が9月30日発表した消費者物価指数(CPI)によると、8月の生鮮食品を除く総合指数は前年同月比0.5%の下落で、6カ月連続で前年同月を下回った。
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デフレ脱却、黄信号か 東京都区部の物価下落

物価下落が消費不振にあることは明らかであろう。
日銀の狙いは長期金利を0%程度に誘導することにある。
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東京新聞10月1日

GDPの約6割が個人消費であり、可処分所得が上昇しない現状では消費を引き締めざるを得ない。
インフレよりはデフレの方がマシだと思っている人が多いのではなかろうか。
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週刊新潮10月6日号

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2016年9月30日 (金)

GPIFの株式運用拡大の結果/アベノポリシーの危うさ(97)

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用実績が、今年4~6月期で約5兆2342億円の損失になった。
2期連続の巨額赤字である。
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年金運用で赤字続き、大丈夫?


安倍政権は2014年10月末に年金資金運用の基本を大転換し、リスク資産への投資を拡大した。
その結果が巨額の損失である。
27日午後の衆院本会議で、民進党の野田佳彦幹事長の代表質問に対し、「年金財政上必要な収益を十分に確保している。市場動向などによる短期的な評価損による年金財政上の問題は生じず、年金額に影響することは全くない」と答えた。

安倍政権誕生の契機となった衆院解散をした野田氏が幹事長として質問に立つというのも違和感があるが、安倍首相の答弁は問題の本質から逸れているだろう。
そもそも長期的に保全すべき年金資金をリスク市場に投下して運用することが問題なのである。
2014年10月に安倍政権が年金資金運用の基本を大転換するまで、リスク資産への投資は抑制されていたのである。

経済・金融の予測には限界がある。
ならば公的資金の運用は保守的にならざるを得ないのだ。
GPIFが金融変動を読み抜く力を持っているとは到底思えない。
民間の事業者であれば、厳しく責任を問われるような運用実績であるにも拘わらず、GPIFについては責任を問われることもない。

GPIFが日本株のシェアを高めた結果、2037銘柄を保有し、時価総額の合計は、31兆4671億円強に達している。
GPIFは信託銀行などに委託して間接的に株を保有しているので、各企業が公表する「大株主」名簿には登場しない。
時価総額1000億円超の72社の株主構成は下表のようである。
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GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人) 筆頭株主にズラリ

株式シェアを高めた結果、短期的な株価形成には有効だっただろうが、筆頭株主となってしまった。
クジラどころか「シン・ゴジラ」のようであり、健全な市場とは言えなくなっている。

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2016年9月29日 (木)

象徴の行為としての「国見」/天皇の歴史(8)

天皇、皇后両陛下が、岩手国体総合開会式などに出席するため、岩手県を訪問し、東日本大震災の被災地で復興状況を視察された。
震災後、初めて訪れた大槌町の「三陸花ホテルはまぎく(旧浪板観光ホテル)」では、出迎えた千代川茂社長に、天皇陛下が「頑張りましたね」とねぎらいの言葉を掛けられた。
このニュースに接し、天皇陛下の生前退位(譲位)へのお気持ちの表明の中の次の一節を思った。

私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

「象徴」という言葉はWikipediaでは次のように説明されている。

象徴(しょうちょう)とは、抽象的な概念を、より具体的な事物や形によって、表現すること、また、その表現に用いられたもの。一般に、英語 symbol(フランス語 symbole)の訳語であるが、翻訳語に共通する混乱がみられ、使用者によって、表象とも解釈されることもある。

  • ハトは平和の象徴である - 鳩という具体的な動物が、平和という観念を表現する。
  • 象徴天皇制 - 日本国憲法第1条では「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」と規定される。

例示されたように、天皇陛下が日本国憲法第1条を踏まえて発言されていることに意味があるのではなかろうか。

「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」とは、端的に言えば日本という国のアイデンティティということであろう。
それを皇国史観では「国体」と呼んだ。
そして、小堀桂一郎日本会議副会長は「生前退位は国体の破壊に繋がる」としたのである。
⇒2016年9月 5日 (月):「国体」とはどういうものか/天皇の歴史(4)

今上天皇は、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅」を「象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」と言っておられるのだ。
これは古代において、「国見」と呼ばれた行為を連想させる。
デジタル大辞泉は「国見」を次のように解説している。

天皇や地方の長(おさ)が高い所に登って、国の地勢、景色や人民の生活状態を望み見ること。もと春の農耕儀礼で、1年の農事を始めるにあたって農耕に適した地を探し、秋の豊穣を予祝したもの。
「天の香具山登り立ち―をすれば」〈万・二〉

用例の歌は、『万葉集』冒頭の第二首の舒明天皇作と伝えられている歌である。

大和には群山あれどとりよろふ天の香具山登り立ち国見をすれば国原は煙立ち立つ海原はかまめ立ち立つうまし国そあきづ島大和の国は

小学館「日本古典文学全集萬葉集」は次のように訳している。

大和にはたくさんの山々があるが、特に頼もしい天の香具山に登り立って国見をすると、広い平野にはかまどの煙があちこちから立ち上がっている、広い水面にはかもめが盛んに飛び立っている。本当によい国だね(あきづ島)この大和の国は

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藤原京を歩く~藤原宮跡・香久山

香具山から見れば、いわゆる大和が一望できると思われる。
ただし藤原京は天武朝に計画され、持統朝に実現したと考えられている。
⇒2008年1月 2日 (水):藤原京の造営
したがって、舒明天皇が藤原京を眺めたということではない。

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2016年9月28日 (水)

国石・ヒスイの古代における流通/やまとの謎(115)

水晶か、翡翠か、それとも…
諸候補があった「日本の石(国石)」について、9月24日、日本鉱物科学会が翡翠を選定した。
翡翠は約5億年前に海洋プレートが沈み込む地中深くで生まれた宝石と言われる。
Wikipediaでは以下のように解説している。

日本では古代に糸魚川で産出する硬玉の翡翠が勾玉などの装飾品の材料とされ珍重されていたと推定されるが、奈良時代以降その存在は顧みられなくなっていた。日本での翡翠の産出が再発見されたのは1938年(昭和13年)のことである。2008年(平成20年)北京オリンピックのメダルにも使われている。現在では翡翠は乳鉢の材料としても馴染み深い。

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東京新聞9月27日

 国石は以前から俗説があったため、日本鉱物科学会は国鳥(キジ)や国蝶(オオムラサキ)のように学術団体として正式に選定することを決め、一般からの意見公募を行うなど選定作業を進めてきた。
 金沢市で開かれた学会総会では、最終5候補の推薦者が提案理由の発表を行った後、会員による投票でヒスイ71票、水晶52票となり、国石が決定した。ヒスイの応援演説に立ったフォッサマグナミュージアム(糸魚川市)の宮島宏館長は、「プレートが沈み込む場所でしか産出されないヒスイは日本ならではの美しい宝石。縄文時代から古代人が加工して利用した世界最古の歴史もある」などと訴え、多くの会員に認められた。
「国石」にヒスイ選定…産地・糸魚川は喜びの声

現在、古代史ファンならずとも、古代の遺跡で見つかるヒスイの産地が糸魚川市の姫川流域であることは知っているだろう。
しかし、明治になって遺跡からヒスイが発掘され出した当時は、日本にはヒスイの産地は無いというのが学会の定説だったという。
当時日本に一番近いヒスイの産地は、ミャンマー北部・雲南方面であり、ここらが日本のヒスイの産地であろうというのが一般的な見方だった。
糸魚川出身で、早稲田大学に学び「都の西北」の作詞者でもある相馬御風は、記紀に記される「玉」はヒスイではないかと考えた。

イハレビコの祖先、天孫の日向三代が、アマテラスに豊葦原の瑞穂の国を治めるように仰せになった前の葦原の瑞穂の国を治めていたのは、出雲の国のオホクニヌシ(ヤチホコ)であったが、高志の国のヌナカハヒメを妻にしている。このヒメは、糸魚川の姫川のヒメであり、ヒスイの産地のヒメである。また、オホクニヌシは天孫系からも妻にしている。それは、アマテラスとスサノヲがウケヒして、アマテラスがスサノヲの十拳の剣を噛み砕いて、噴出した三女神のひとり、タキリビメである。縄文時代の出雲の国の権力者が、糸魚川のヒスイの鉱山を手に入れるため、嫁にした事になる。
翡翠勾玉から見た古代史 

御風は、ヌノカワと読める勾玉の産地は糸魚川を流れる「姫川」の事ではないかと考え、これを地元の人々に説いて昭和14年、探索していた地元住民により初めて姫川支流の小滝川上流でヒスイが発見された。
糸魚川でヒスイが産出するという事が考古学会で認められて13年後(その間第二次世界大戦と戦後の混乱期をはさむ)の昭和29年、初めて糸魚川市の長者ケ原遺跡に本格的な学術調査が入った。
その結果、完成品のペンダント2個を含むヒスイの原石が250点も出土した。
さらにその多くが加工途中の半製品或いは破損品である事が判明し、長者ケ原はヒスイを中心とする石材の一大加工センターであった事が判明した。

三内丸山遺跡でもヒスイは出土している。
⇒2016年9月 9日 (金):三内丸山遺跡と縄文人のルーツ/技術論と文明論(66)
縄文時代の交易圏の広さを再認識させられる。

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2016年9月27日 (火)

日本社会の価値意識の転換/技術論と文明論(73)

東日本大震災によって、私たちの生活のあり方を根本的に問い直さざるを得なくなった。
特に、福島原発事故によって、エネルギー政策が厳しく問い直されるていると言えよう。
2010年6月、民主党政権下で閣議決定したエネルギー基本計画は、CO2を排出しない原子力に比重を置かざるを得ないという判断のもと、2030年までに原子力発電所を14基新増設し、電力の53%を賄うという目標を設定した。

しかしフクシマの事故以前に、この計画のロジックはすでに破綻していたのである。
地球温暖化防止というエコロジーのために、原子力利用を推進するという論理は成り立たない。
エネルギー制約、環境制約の中で、人類はどのような針路を目指すべきか?

LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability :健康と持続可能性の、またこれを重視するライフスタイル)が言われるが、政策としてどう位置づけるか?
ブータンでは「国民総幸福度」という概念が使われているという。
「成長の限界」が真剣に問われた1960年代末から70年代初頭にかけての時代と似ているような気がする。
⇒2011年12月24日 (土):『成長の限界』とライフスタイル・モデル/花づな列島復興のためのメモ(15)

新しい幸福論』岩波新書(2016年5月)を上梓した橘木俊詔京都女子大客員教授が、東京新聞のインタビューに応えている(9月24日掲載)。
内閣府の世論調査では、「物質的な豊かさよりも、心の豊かさ」を重視する人が増えている。
Or160924

国民が人口減を選択したということは、経済減速の道を選んだのと同義である。
財界からも、「2%成長(実質)などもう無理」という声が出ている。
人口減で、労働力も家計の需要も減っていく。

経済が弱くなると、アジアの中で発言力が低下するという声があるが、脱覇権主義で行くべきだ。
ヨーロッパでは世界的な覇権などと無関係なデンマーク、スウェーデン、スイス、オーストリアは経済的に豊かで、幸福度が高い生活を送っている。
日本は成熟した経済だから、脱経済成長に舵を切るべきだ。

日本の格差や貧困は深刻である。
格差を是正した方が経済を強くできる。
米国流の公助に頼らない自立の道を選ぶか、ヨーロッパ流の福祉国家の道を選ぶのか。
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「トリクルダウン」という言葉が、2014年の新語・流行語大賞にノミネートされた。
甘利経済再生担当相(当時)などアベノミクスを喧伝する人たちが盛んに使ったためである。
しかしそれが幻でしかないことは既にはっきりしたであろう。
⇒2016年6月11日 (土):トリクルダウンの幻/アベノポリシーの危うさ(79)
エネルギー開発に限っても、再生可能エネルギー技術、省エネルギー技術、廃炉技術など取り組むべきテーマは多い。
大艦巨砲主義に失敗を繰り返すべきではない。

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2016年9月26日 (月)

回路から漏出する電子とセレンディピティ/技術論と文明論(72)

チップの微細化による電子の漏出が、「ムーアの法則」の限界をもたらしつつある。
⇒2016年9月21日 (水):「ムーアの法則」の限界とAIの可能性/技術論と文明論(69)
日本経済新聞の解説記事を読んでいて、今年度の小林秀雄賞を受賞した『数学する身体』新潮社(2015年10月)に、面白いことが書いてあったことを思い出した。
⇒2016年9月10日 (土):『数学する身体』の小林秀雄賞受賞/知的生産の方法(156)

森田さんは「進化電子工学」における「2つのブザーを聞き分けるチップ」を作る研究を紹介している。
人間がこういうチップを設計することはさほど難しいことではないが、人工進化によって作り出そうという実験である。
およそ4000世代の「進化」の後にタスクを達成するチップが得られた。
しかし、奇妙なことには、このチップは100ある論理ブロックのうち、37個しか使っていず、しかもその中の5個は他の論理ブロックと繋がっていないのだ。
そして、他の論理ブロックと繋がっていない孤立した論理ブロックの1つでも取り除くと、回路は働かない。

良く調べてみると、この回路は、電磁的な漏出や磁束を巧みに利用していた。
ノイズとして排除されるべき漏出が、回路基板を通して、チップからチップへ伝わり、タスクをこなすための機能的な役割を果たしていたのである。
チップは回路間のデジタルなやりとりだけでなく、アナログの情報伝達回路を進化的に獲得していたということになる。

このことはセレンディップと呼ばれる予期しない創造的な発見と関係があるように思われる。
あるいは日常的な業務においても、ブレーンストーミングと呼ばれるような、異質の視点が有効であることと共通するのではないだろうか。
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ブレインストーミングを成功させるためには何が必要?

森田さんは次のように書いている。

 人間が人工物を設計するときには、あらかじめどこまでがリソースでどこからがノイズかをはっきり決めるものである。この回路の例で言えば、一つ一つの論理ブロックは問題解決のためのリソースだが、電磁的な漏れや磁束はノイズとして、極力除くようにするだろう。だがそれはあくまで設計者の視点である。設計者のいない、ボトムアップの進化の過程では、使えるものはなんでも使われる。結果として、リソースは身体や環境に散らばり、ノイズとの区別が曖昧になる。どこまでが問題解決をしている主体で、どこからがその環境なのかということが、判然としないまま雑じりあう。

アルファ碁が考えた(発見した)新しい打ち回しが、新定石を生んでいるという。
「ムーアの法則」が限界を迎えるような微細な回路における電子の漏出が、偶然に、まったく新しい質を獲得することになるのかも知れない。

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2016年9月25日 (日)

金融緩和政策の「新しい判断」/アベノポリシーの危うさ(96)

日銀は9月21日の政策決定会合で金融政策の総括的な検証を行い、金融政策の枠組を変えた。
金融政策の目標を国債買い入れなどの「量」から「金利」に転換し、長期金利に目標を設定する世界的にも異例の手法を導入し、0%程度に誘導するという。
黒田東彦総裁は会合後の記者会見で消費者物価上昇率が2%を超えるまで金融緩和を続けると宣言した。

「戦力の逐次投入はしない」として、黒田東彦日本銀行総裁が、異次元の金融緩和に踏み切ったのは2013年4月であった。
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日銀超弩級緩和の衝撃【前編】

爾来3年半が経過した。
GDPも消費も増えず、2年で2%というインフレ目標も達成されていない。
アベノミクスの基軸というか唯一の政策の金融政策の限界は明らかである。
⇒2016年4月 5日 (火):金融政策だけではどうにもならない/アベノポリシーの危うさ(48)
⇒2016年4月28日 (木):金融緩和政策の末路/アベノポリシーの危うさ(58)

財務省出身で嘉悦大学教授の高橋洋一氏は次のように解説している。

  今のところ、失業率は3%と低い。ただし、まだ賃金は全面的に上がっていない。ということは、まだ完全雇用に遠いというわけだ。筆者の試算によれば、完全雇用は失業率2.7%程度であり、まだ失業率を下げる余地がある。しかも、まだインフレ率は目標の2%に達していない。この場合、さらに金融緩和が必要な状態だ。
   こうした立場からみれば、今回の日銀は、金融政策の枠組みを変えたが、その中身をみると、金融緩和はしていない。やり方を変えますと言いながら、何もやらなかったわけだ。
   マスコミはこの方法に騙される。新しい方式の解説で頭がパンパンになって、何もやっていないことを忘れるのだ。筆者は、こうした現象をかつて「マスコミの小鳥脳」といったことがある。
   どうしてこうなったのか。その伏線は、日銀、財務省、金融庁の3者会合が作られたことにある。この会合は、情報交換の場であるが、会合に出席しているのはトップではなく、事務方である。ただし、事務方によって、重要な政策が形成されるので、こうした会合は侮れない。
   その中で、今のマイナス金利はこれ以上やらない、国債買入増額の量的緩和もこれ以上やらないという意思形成が行われたのだろう。
日銀にだまされたマスコミ 「枠組み変更」、実は「何もやっていない」

私は高橋氏の見方が正しいのかどうか分からない。
しかし無軌道な金融緩和政策が拡大すれば、深刻な副作用が生じる恐れがあることは政策実務者の共通認識ではないのだろうか。
安倍首相は2014年11月に、消費税について以下のように断言した。

 再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言致します。平成29年4月の引き上げについては、景気判断条項を付すことなく確実に実施致します。
 3年間、3本の矢をさらに前に進めることにより、必ずや、その経済状況をつくり出すことができる、私はそう決意しています。

ところが、2016年6月1日、国会最終日に、消費税増税先送りを表明した。
今までの説明との違いを「新しい判断だ」と強弁した。
もちろん、状況に応じて柔軟に判断すべきであることは当然であるが、アベノミクスと称する経済政策の根幹に係る問題である。
エンジンをさらに吹かす前に、その政策の限界を認識することが重要であろう。

金融政策頼みのアベノミクスと称する経済政策の失敗は明らかである。
現実を見ないで楽観論に縋っていると、東亜・太平洋戦争や核燃料サイクルと同様の過ちを繰り返すことになる。
⇒2016年5月14日 (土):PDCAなき安倍政権の政策/アベノポリシーの危うさ(64)
GDP600兆円などという現実離れした目標から、貧困大国と言われる現実から目を逸らすべきではないだろう。
OECDが2014年に発表した報告書で、格差拡大は経済成長を阻害すると指摘している。
経済成長に代わる社会発展像が問われているのである。

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2016年9月24日 (土)

新薬探索とAIの可能性/技術論と文明論(71)

今年もノーベルウィークが近づいてきた。
トムソン・ロイターの「トムソン・ロイター引用栄誉賞」は、学術論文の引用データ分析から、ノーベル賞クラスと目される研究者を選出することで知られる。
15回目となる2016年は、日本人研究者3名を含む合計24名が受賞した。

日本からは、化学分野において2名、医学・生理学分野から1名が選出された。
崇城大学DDS研究所特任教授・熊本大学名誉教授の前田浩氏と国立がん研究センター先端医療開発センター新薬開発分野分野長の松村保広氏は「がん治療における高分子薬物の血管透過性・滞留性亢進(EPR)効果の発見」、京都大学客員教授の本庶佑氏は、「プログラム細胞死1 ( PD - 1 )およびその経路の解明により、がん免疫療法の発展に貢献」が受賞対象となった。
果たして、3人の中からノーベル賞受賞者が出るのであろうか、それとも他の人が受賞するのか。

新薬開発は現に病気になっている人や家族にとっては大きな期待である。
しかしその開発コストは大幅に高騰している。
一般に新薬が世の中に出るプロセスは以下のようである。
Photo
医薬品業界の分析・研究開発

厚生労働省は人工知能(AI)を使い、高い効果の見込める画期的新薬の開発を後押しするという。
抗がん剤といった新薬のもとになるシーズ(種)と呼ぶ新規物質を見つけ、数年内に研究者らに提案することを目指し、グローバルに新薬開発競争が激しさを増す中、巨額の費用が必要で成功率も低い新薬の開発に向けて国の支援を強化する。

Ai_2 まず民間企業がある程度開発したAIを購入するなどして、抗がん剤など目標とする新薬の分野に関する国内外の膨大な論文やデータベースを読み込ませる。学習して見つけたシーズを動物実験などで検証し、AIがさらにその結果を学んで能力を高めていく。
 開発したAIは国の医療研究の司令塔と位置づけられる日本医療研究開発機構(AMED)を中心に、理化学研究所や産業技術総合研究所などが参加する「創薬支援ネットワーク」内で活用する。厚労省はまず17年度に3億5000万円を投じ、18年度以降も予算要求額を拡大する。
 AIは金融や製造業など幅広い産業で実用化が進んでいる。医療でも東京大学とIBMは15年から、がん研究に関連する論文をAIに学習させ、診断に役立てる臨床研究を実施中だ。東大の東條有伸教授は「人間だと1カ月近くかかることをAIなら数分で結果にたどり着く」と評価する。
 抗がん剤やC型肝炎、生活習慣病などに用いる画期的新薬を開発するには、病気の発症に関係する遺伝子やたんぱく質に作用する新薬候補を見つける必要がある。ただ膨大な候補の中から有効な化合物を絞り込み1つの新薬ができるまでに10年超の期間と数百億円以上を要するとされる。
 グローバルな新薬開発競争の中で日本勢の創薬力はなお低いとの見方もあり、厚労省は国の有力な研究組織を束ねて官民連携を強化し、研究者らの取り組みを支える必要があると判断した。
新薬候補、AIが提案 論文学習し新物質探る

AIが実用域に入ってきたことは確かであろう。
ノーベル賞級の研究者を凌駕するような成果を出せるのか、楽しみである。

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2016年9月23日 (金)

破綻しているのは「もんじゅ」and/or「核燃料サイクル」/技術論と文明論(70)

政府は21日、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)について関係閣僚会議を開き、「廃炉を含め抜本的な見直しをする」とした。
ようやく廃炉に向かうことになるのであろうか。
原子力規制委員会が運営者を代えるよう、文部科学省に勧告してから、11カ月余りである。
「見切り千両」のコトワザの説くように、意思決定が遅れる分だけ、損失は大きくなる。
⇒2015年11月 6日 (金):もんじゅは廃炉にして原発政策を見直すべき/原発事故の真相(135)

一方で核燃料サイクルは維持し、新設の「高速炉開発会議」で、年末までに今後の方針を出すという。
核燃料サイクルは、原発の使用済み燃料からプルトニウムを取り出し、再利用する。
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東京新聞9月22日

プルトニウムを燃やすもんじゅはサイクルの柱だ。
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池上彰『行き詰まった核燃料サイクル』週刊文春9月15日号

もんじゅは、危険なナトリウムを冷却材に用いる必要があり、構造も複雑で、1994年に本格稼働したものの1995年にはナトリウム漏れ事故を起こして停止した。
その後もトラブルが相次ぎ、稼働日数は20年以上の期間の累積で250日にとどまっている。
停止状態でも5000万円/日の維持費が必要だとされる。

「もんじゅ」を中心とした核燃料サイクルには、少なくとも12兆円以上が費やされてきた。
施設の維持・運営費で年間約1600億円が必要である。
廃炉も、もんじゅを運営する日本原子力研究開発機構の試算によると、30年の期間と3000億円の費用がかかる。
「もんじゅ」の実態を知ったら、文殊菩薩も怒るだろう。
一方、地元福井県の西川知事はこの方針に憤っている。

 原子力関係閣僚会議の終了後、松野文部科学大臣は福井県庁を訪れ、福井県の西川知事らに「もんじゅ」について廃炉を含め抜本的に見直す方針を伝えました。
 「今回の決定を地元として見ていると、目先にとらわれた場当たり的な方針と思われてならない」(福井県 西川知事)
 さらに、西川知事は「無責任極まりない対応であり、県民には理解できない」と強く抗議し、地元への説明責任を果たすよう求めました。
文科相が福井県知事に説明、西川知事「無責任極まりない対応」

ボタンを掛け違うと損失は計り知れない。
破綻しているのは「もんじゅ」なのか「核燃料サイクルなのか」。
自民党の河野太郎行政改革推進本部長(前行政改革担当相)は22日、東京新聞のインタビューで、「『もんじゅ』だけでなく核燃料サイクル全体をやめるべきだ」と述べた。

 河野氏は、使用済み核燃料を再処理し通常の原発で再利用する「プルサーマル」についても「コストが高いことは確実だ」と指摘した。政府は「プルサーマル」を、もんじゅとともに核燃サイクルの柱の一つと位置付けている。
 その上で、政府が二十一日の関係閣僚会議でもんじゅ以外の核燃サイクル維持の方針を打ち出したことを批判。「党行革本部で核燃サイクルなど原発予算を洗い出し、国民に合理的に説明できないものは認めない」と強調した。
自民・河野行革推進本部長「核燃料サイクル中止を」 不合理予算認めず

廃炉のコストを国民全体で負担することが検討されているという。
原発は低コストだというのならば、原発事業者が廃炉コストまで賄うのが当然だろう。

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2016年9月22日 (木)

キトラ古墳の極彩色壁画/やまとの謎(114)

キトラ古墳(7世紀末〜8世紀初め)の展示施設「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」が古墳の北隣に完成した。
同古墳は、奈良県高市郡明日香村の南西部、阿部山に築かれた古墳で、亀虎古墳とも書く。
墳丘にある石室内に極彩色の壁画が発見され、高松塚と共に保存事業が進められている。
Photo
キトラ古墳

壁画は1983年に発見された。
劣化が進んでいたため2004〜2010年に順次剥ぎ取って、カビや汚れを除去するなどの修復を続けている。
四神像のうち、「青龍」「玄武」は年内に修復を終える予定だ。

 金箔(きんぱく)で表現された約350個の星、それを朱で結んだ少なくとも74の星座たち。この美しい天文図の存在は、最初の壁画の発見から15年後、1998年に確認された。他にも、北極星を中心に常に星が地平線下に沈まない範囲を示す円(内規)、天の赤道などが精密に描かれている。いつ、どこで見上げた夜空なのか。その謎解きに挑んだ2人の天文学者の研究成果が昨年7月、発表された。
 地球が自転する際の軸となる「地軸」の傾きは時代によって変わり、星の見え方も変化する。
 中村士・元帝京平成大教授(天文学史)は、古代中国で国家の運命を占う際に使われた28星座「二十八宿」の位置に着目し、天文図が描いたのは紀元前80年の前後40年の星空だと推定。一方、国立天文台の相馬充助教(位置天文学)は描く際の誤差が少ないと考えられる内規や赤道に近い星11個で計算し、紀元後300年の前後90年に、古代中国の都、洛陽や長安(現西安)を通る北緯約34度で観測したと結論付けた。
 二つの分析は一見矛盾するように思えるが、キトラ古墳の調査を担当する奈良文化財研究所飛鳥資料館の石橋茂登・学芸室長は「古い星図に修正を加えながら、中国や朝鮮半島との交流を通じて日本にもたらされたのでは」と想像する。紀元前4世紀に活躍した中国の天文学者、石申の観測記録と伝わる「石氏星経」が原典になったと考えられるという。
息をのむ極彩色壁画 世界最古天文画も

キトラ古墳の被葬者は誰か?
高松塚と同様に、ほぼ藤原京の中央、朱雀大路の南への延長上、いわゆる「聖なるライン」のやや西へずれたところに位置している。
この中央線上に、菖蒲池古墳、天武・持統天皇陵、文武天皇陵がある。
⇒2008年9月 4日 (木):高松塚古墳のポジショニング
その位置からすると、やはり天武・持統天皇の近親者ということになろうか。
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飛鳥プロジェクト

天武天皇の長男、高市皇子(696年死去)や、陰陽師の安倍晴明が子孫ともされる右大臣、阿倍御主人(703年死去)との説があるようだ。

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2016年9月21日 (水)

「ムーアの法則」の限界とAIの可能性/技術論と文明論(69)

日本の囲碁界では、井山裕太七冠がタイトルを独占中であり、「誰が、何時」タイトルを奪取するかが大きな関心事である。
高尾紳路九段が1,2局を先勝した名人戦が、9月20日、21日に行われ、高尾九段が3連勝した。

 残り2分になった井山名人が、169手目を見て投了を告げた。高尾挑戦者の開幕3連勝が決まった。10期ぶりの名人奪取まで、あと1勝とした。
 3連敗となった井山名人は早くもカド番に追い込まれた。名人防衛、七冠維持には残り4連勝しかない。
第41期囲碁名人戦七番勝負

常識的には高尾九段が絶対的優位と言えようが、井山七冠だけに予断を許さない展開だ。
囲碁界では、AI(人工知能)の話題も広く関心を集めている。
人間が優位性を保つ最後の砦と言われてきた囲碁において、世界最強棋士の1人と言われる韓国の李セドル9段に勝った。
グーグルのアルファ碁といわれる人工知能で、アルファ碁は、ディープラーニングという手法によって急速に腕を上げたと言われる。
⇒216年5月24日 (火):ディープラーニングの発展と脳のしくみ/知的生産の方法(150)

演繹的に有利な手を導出するのではなく、局面のパターン認識によって最善手を発見するのが、従来のソフトとの大きな違いである。
ディープラーニング(深層学習)によって、人工知能は急速に人脳らしくなり、クルマの自動運転等にも大きな貢献をしている。
自動運転の実現は、技術的にはそう遠くないであろうと言われている。

ディープラーニングを可能にした背景には、半導体技術の進歩による集積回路の発展がある。
良く知られているように、集積度に関する「ムーアの法則」がある。
インテルの創業者の一人のG・ムーアが1965年に発表した予測モデルである。
約半世紀の間、おおむねムーアの法則通りに推移してきたが、さしものムーアの法則にも陰りが見えてきたのではないかと指摘されている。
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日本経済新聞9月18日

集積度の向上は、チップの微細化を追求することで達成されてきた。
微細化、つまり半導体回路のトランジスターの寸法(プロセスルール)を狭めることは、ICの高性能化に直結する。
寸法を狭めれば狭めるほど、トランジスターの性能は高まり、1つのチップ内に収まるトランジスターの数も増やせる。
その結果、チップの高性能化や低消費電力化、低コスト化を図ることができる。

その微細化が限界を迎えているというのだ。
回路を高速で作動させると熱が発生するが、集積度を高めると、放熱の課題が重要になってくる。
回路の電圧を下げたり、基板の熱特性の改良などで切り抜けてきたが、限界に近づいている。
電圧を低下させると、トランジスタの誤作動に繋がるし、基板材料にも限界がある。
⇒2009年8月26日 (水):熱と温度 その3.熱伝導率と熱拡散率/「同じ」と「違う」(5)
⇒2009年8月27日 (木):熱と温度 その4.熱伝導率と熱拡散率(続)/「同じ」と「違う」(6)

また微細化が進むと、電子が配線から漏出するようになる。
これはノイズの発生に直結する。
漏出は微細化によって指数関数的に増えていき、S/N比は急速に低下していく。

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2016年9月20日 (火)

三内丸山遺跡の消失と列島合体/技術論と文明論(68)

米田良三『列島合体から倭国を論ず―地震論から吉野ケ里論へ』新泉社(1998年8月)では、遺跡の消失が巨大地震によるとしている。
約4000年前に、東北日本と西南日本が合体するような地殻変動があり、直径1mの柱が折れるような地震があった。

クリ柱は地下2mのところで、破断しており、底面はさらに45cm深い。
柱穴は柱より太い中子(なかご)を立て、その回りに土を叩き固める「版築」という技法が用いられた。
中子は最後に外される。
法隆寺の心柱と同じである。
三内丸山のクリ柱の破断面は、大きな力による剪断破壊であることを示している。

旧石器時代日本群島、朝鮮半島、樺太などは太平洋の中にあった。
群島は太平洋プレートにのって西進し、ユーラシア大陸にぶつかる。
西日本はほぼ現在の地図に近い姿であったが、東日本は島の集合であった。
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プレートの境界が、樺太と大陸の間を通り、フォッサマグナ部分から、南海トラフ、琉球海溝へと繋がっていた。
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西日本と東日本の間は、東のプレートが潜り込む形で海峡化し、海峡のところどころに熱水が沸き出す。
『書経』に「暘谷」と記される海峡である。
太平洋プレートを押す力が中部山岳を高め、関東平野を海の中から押し上げる。
そして4000年前に東と西が合体し、海峡が消滅する。
黒潮が日本海に入らなくなり、雪国が誕生する。
交通路も消滅し、三内丸山遺跡は放棄された。

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2016年9月19日 (月)

『日本書紀』と「壬申の乱」/天皇の歴史(7)

大海人皇子(後の天武天皇)と大友皇子(天智天皇の長子)が争った「壬申の乱」は、古代史最大の争乱と言われる。
『日本書紀』の天武天皇紀は例外的に二巻で構成されている。
上巻が「壬申の乱」、下巻がそれ以降である。
つまり「壬申の乱」は、『日本書紀』でも特別な扱いである。
瀧音能之『封印された古代史の謎大全』青春出版社(2015年12月)で、その概略を見てみよう。

ことの発端は、病が篤くなった天智天皇が大海人皇子に位を譲ると言ったことである。
大海人皇子は固辞して、仏道修行のため吉野に入る。
天智天皇は大津宮で亡くなると、大海人皇子は村国連男依らを美濃国へ派遣し、東国の兵の確保と不破道の閉鎖を命じ、自身も鸕野讃良皇女(後の持統天皇)らと東国へ出発する。
その後、高市皇子(大海人皇子の長男)が加わり、体制が次第に整って行った。

大海人皇子が不破に入ると、尾張国守の小子部連鉏鉤が帰順し、大伴吹負が大海人皇子側について挙兵した。
体制を整えた大海人皇子側は、大和と大津に向かって進撃する。
そして大友皇子軍と瀬田橋で激闘の末、大海人皇子側が勝利し、大友皇子は山崎で自殺する。

「壬申の乱」の概要は、下図に要領よくまとめられている。
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また、争った大海人皇子と大友皇子の関係は下図のようである。
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『日本書紀』の記述は精細であるが、「壬申の乱」についての不明点は多い。
⇒2008年1月21日 (月):壬申の乱…(ⅰ)研究史

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2016年9月18日 (日)

「壬申の乱」と十市皇女/天皇の歴史(6)

万葉集の中でも、額田王の「茜さす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」は人気ベストテンは固いだろう。
万葉集には次のように書かれている。

  天皇、蒲生野に遊猟したまふ時、額田王の作る歌
あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

  皇太子の答へましし御歌(明日香宮に天の下知らしめしし天皇、諡して天武天皇といふ)
紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆえにわれ恋ひめやも

  紀に曰はく、天皇七年丁卯、夏五月五日、蒲生野の縦猟したまふ。時に大皇弟・諸王・内臣と群臣、悉皆従そといへり。

「袖振る」は、この時代、恋しい人の魂を自分のほうへ引き寄せる呪式のようなものだったという。
つまり、われわれが手を振るような軽い意味ではなく、明らかな求愛の仕草だったらしい。
額田王はこの時点では天智天皇の妻となっていたが、この歌で袖を振っている大海人皇子の妻でもあった。

もっともこの2首は、相聞(恋歌)の巻にではなく、雑歌(宮廷儀礼の歌)の巻に収められていることなどから、宴会の席でのざれ歌という解釈が有力である。
⇒2009年9月23日 (水):蒲生野の相聞歌の解釈-斎藤茂吉と大岡信

二人の間の子供が十市皇女で、大友皇子(天智天皇の子)と結婚した。
「壬申の乱」は皇女から見れば、父と夫が皇位を争ったことになる。

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弘文天皇陵

新薬師寺(奈良市高畑町)の隣にある鏡神社の比売塚は、「高貴の姫君の墓」として語り伝えられており、ここに十市皇女が埋葬されているという説が有力である。
比売塚に、1981年に「比売神社」が建てらた。
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十市皇女・Wikipedia

十市皇女が伊勢神宮参詣の時、お伴の吹黄刀自が作ったとされるのが、万葉集巻1-22の次の歌である。

川の上のゆつ岩村に草生さず常にもがもな常処女にて

十市皇女参赴於伊勢神宮時見波多横山巌吹芡刀自作歌
河上乃 湯津盤村二 草武左受 常丹毛冀名 常處女煮手

「ゆつ」は、「清浄な、神聖な」というような意味であり、「斎つ」と、斎王・斎宮の斎を使う。
いつまでも清らかな若い乙女のままであれ、と皇女の常若を願う歌だと解釈されている。
伊勢神宮の式年遷宮は、この「常若の願い」の具現化とも考えられる。
「壬申の乱」には分からないことが多いが、十市皇女が謎へのアプローチの1つのキーかも知れない。

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2016年9月17日 (土)

三内丸山遺跡の出現と鬼界カルデラ噴火/技術論と文明論(67)

三内丸山遺跡は、5500年前に出現し4000年前に消失した。
⇒2016年9月 9日 (金):三内丸山遺跡と縄文人のルーツ/技術論と文明論(66)
その出現と消失の要因はどう考えられるか?
米田良三『列島合体から倭国を論ず―地震論から吉野ケ里論へ』新泉社(1998年8月)に驚くべき仮説が書かれている。

米田氏は、奈良の法隆寺が太宰府の観世音寺を移築したという「法隆寺移築論」で有名である。
法隆寺には有名な「再建-非再建」論争があるが、もう一つ、「移築論争」というものがある。
私はかつて「法隆寺移築シンポジウム」なるものを傍聴したことがあるが、発表者は多かれ少なかれ、古田武彦氏の影響を受けた人々であった。
私には法隆寺が移築されたとは信じがたい気がするが、シンポジウムは熱気に包まれていて、大きな違和感があったことを覚えている。

米田氏は上掲書で、次のように論じている。

1.柱の間隔が4.2m
縄文尺という<1尺=35cm>というスケールが使われていたという説を、<420÷35=12>で、切れのいい数字は、施工手順上重要であると肯定する。
法隆寺では<1尺=28.1cm>の尺度が使われていたが、4.2mはこの尺で15尺になる。
三内丸山遺跡の技術と法隆寺の技術は連続している。
2.クリ柱の破断
直径1mのクリの柱が地下2mで破断していた。
柱穴は版築という技法が使われているが、法隆寺の心柱と同じである。
巨大地震が起きて、剪断破壊したのではないか。
3.内転びの手法
天井の高い部屋では、目の錯覚で、垂直の柱が外側に倒れて見える。
柱をわずかに内側に倒すことによって修正できるが、法隆寺の金堂の柱でも用いられている。
三内丸山遺跡の6本柱が、室内空間を意識するレベルであったとし、用途が神殿であった可能性は大きい。

「用途が神殿であった」というのは、梅棹忠夫氏も指摘していた。

1995年、岡田康博さんに案内されて、あの六本柱遺構の前に立ったとき、梅棹さんは「これは神殿やな。太い柱が天に向かってそそりたっていた、てっぺんには鳥籠のような、カミの座がちょこんとおいてあった」と鮮やかなイメージを語った。
なぜ神殿か?都市の起源は交易などの経済活動ではなく、神殿を中心とした情報交換の場であったという仮説をもっていたからだ。アンデスの古代文明、吉野ヶ里、出雲大社から大仏殿につながり、そこにさまざまな都市のあり様が結びついたのだろう。これで「日本文明史の筋道がはっきり見えた」と言ったのである。
じつは、梅棹さんを三内丸山遺跡に連れ出すまでにはずいぶん時間がかかった。考古学への不信感があったからだ。「考古学が信用できんのは、1つの発見で、すべてがひっくり返ってしまう。発見してないもの=0とするからだ」。「細部にこだわらず、大きな構造をとらえて論じるべきだ」と。
三内丸山遺跡は1994年の直径1mの六本柱発見の報道をきっかけに、縄文都市だという説がでて、たくさんの人がつめかけた。ところが、考古学者は否定的だった。それを打ち破り、この遺跡を正しく位置づけたのが梅棹さんだった。「既成概念にとらわれないで、もっと自由に大胆な仮説をたてて考えなさい。そうすればもっと豊かな世界が楽しめるはずです」と梅棹さんは言っていたのだといま振り返って思う。
第1回 ウメサオタダオと三内丸山遺跡

改めて梅棹氏の先見力に敬服する。
「既成概念にとらわれないで、もっと自由に大胆な仮説をたてる」1つの例が、法隆寺移築論かも知れない。

米田氏は、三内丸山遺跡の円筒土器文化は縄文前期の中頃から始まるが、それ以前は縄文尖底土器文化であったという。
円筒土器は鹿児島の6300年前の鬼界カルデラの火山灰の下から発掘されているが、火山灰の降下地域の人が三内丸山に移り住んだのではないか、というのが米田氏の仮説である。

姶良・鬼界カルデラの降灰地域は下図のように想定されている。
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九州南部の縄文文化を崩壊させた鬼界カルデラ

鹿児島の上野原台地の縄文人が三内丸山のルーツであるというのは、アカデミズムの世界では認知されていないだとう。
しかし、それ位のスケールで考えるべき問題だと思う。
縄文中期に西南日本の縄文人口が激減するのも、鬼界カルデラ大噴火が原因であれば整合的である。
⇒2016年9月 6日 (火):縄文の西南日本を壊滅させた鬼界カルデラ大噴火/技術論と文明論(64)

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