2019年1月16日 (水)

人文知の大輪の花・梅原猛/追悼(134)

哲学者の梅原猛さんが12日、肺炎のため亡くなった。
93歳だった。
京都大学文学部を卒業し、長く立命館大学で教育と研究に携わった。
「梅原日本学」と称される独自の日本学を構築し、国際日本文化研究センターの初代会長や日本ペンクラブ会長を務めた。

非合理・理不尽さの体験が、物事を根源から疑う姿勢を生み、大胆な仮説の構築に繋がった。
そのバックグラウンドには戦争体験がある。
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東京新聞1月15日

年譜が読売新聞にまとまっていた。
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「怨霊なしに日本文化論じられず」…梅原猛さん

代表作に『神々の流竄』『隠された十字架ー法隆寺論』『水底の歌ー柿本人麿論』の古代三部作がある。
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私は、高松塚被葬者との関係で、黄泉の王―私見・高松塚』新潮社(1973年6月)を面白く読んだ。
2008年9月21日 (日) 地下の朝賀…梅原猛説
~⇒2008年10月 2日 (木) 高松塚の被葬者は弓削皇子か?…梅原猛説(ⅹⅱ)

専門家から見ると批判すべき点もあろうが、人文知の面白さを社会に広めた功績は大きい。
「人麻呂終焉の地論争」を含め、梅原日本学にもう少し接近したいと思う。
2013年1月 8日 (火) 人麻呂終焉の地論争/やまとの謎(77) 

合掌。

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2019年1月15日 (火)

事実を見ないで正しい判断はできない/安部政権の命運(46)

厚労省が15年前から「毎月勤労統計」のデタラメ調査を行っていた問題では、賃金などが低めに出たため、約2000万人に雇用保険など総額530億円も少なく支給されていた。
2019年1月12日 (土) はびこる政府統計のウソ/安部政権の命運(44) 
2019年1月11日 (金) 勤労統計の怪/安部政権の命運(42)

さらに加えて、意図的なデータ改ざんの疑惑が浮上している。
厚労省は昨年、調査結果を統計処理し、賃金額を引き上げているが、ちょうど安倍首相が3%賃上げの「官製春闘」に血眼になっているタイミングだ。
「毎月勤労統計」は500人以上の規模の事業所は全数調査を行うことになっているが、2004年から東京都だけ全数ではなく、3分の1程度の抽出調査を行っていた。
500人以上の企業の賃金は相対的に高いから、そこの2/3が抜けると全体の賃金は押し下げられる。
金額ベースで平均0.6%引き下げられたという。

 ところが昨年、厚労省は抽出した調査結果を全数検査に近づける統計処理をしている。計算上、東京の3分の2も反映するので当然、賃金額はアップする。
「昨年1月以降、0.6~0.7%程度、勤労統計の賃金が上がりました。1月は定期昇給もなく、上がる時期ではなく、私を含め不自然さを指摘してきましたが、今回カラクリが分かった格好です。統計処理をするなら、過去の分も行うか、『今回分は統計処理をした』と断らなければ、純粋に賃金が上がったように見えてしまいます。実際、内閣府は18年の賃金上昇をアベノミクスの成果として喧伝していました」(経済評論家の斎藤満氏)
 安倍首相は14年の春闘から企業に賃上げを求めてきたが、思ったように上がらない。シビレを切らした安倍首相は、18年春闘に向けて、初めて「3%」という具体的な数値目標まで口にした。
「官邸が明確に指示をしたのか、厚労省が“忖度”したのかは分かりません。ただ、首相が数値目標まで掲げる中、厚労省に相当なプレッシャーがかかっていたことは間違いありません。その流れで、18年から勤労統計が統計処理され賃金上昇のデータが公表されていったのです。15年前からの厚労省のデタラメ調査だけでなく、官邸も含めた意図的な統計処理も問題にされなければなりません」(斎藤満氏)
 閉会中審査に自民も前向きだという。ヒアリングで原口一博衆院議員は「安倍首相がいつ知ったのかも重要だ」と語った。
厚労省「毎月勤労統計」デタラメ調査は安倍首相への忖度か

辺野古のサンゴ移植問題でも正確に事態を認識していない。
2019年1月 9日 (水) 辺野古のサンゴは移植されたか?/安部政権の命運(42)
今更ではあるが、正しい判断は、事実の正確な把握から始まる。O_2
2010年9月22日 (水) クリシンはどこへ行った?

しかし、安倍政権の下ではそれは期待する方は間違いのようである。
2019年1月12日 (土) はびこる政府統計のウソ/安部政権の命運(44)
2019年1月11日 (金) 勤労統計の怪/安部政権の命運(43)
2019年1月 9日 (水) 辺野古のサンゴは移植されたか?/安部政権の命運(42)

法政大学山口二郎教授は、『事実を直視する』(東京新聞「本音のコラム」欄)で、次のように書いている。
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それでも「支持する」という人の思考回路が分からない。

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2019年1月14日 (月)

辺野古に見る政権の本質/安部政権の命運(45)

政府の無法ぶりが目に余る。
辺野古では玉城知事の「県民投票まで待って」という要請にも拘わらず、辺野古への土砂投入が続けられている。190114_4

東京新聞1月14日

そして自治体に圧力を加え、県民投票不参加を誘導している。
沖縄市、宜野湾市、宮古島市などが不参加を表明しているが、市民の判断を封殺する行為と言えよう。
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東京新聞1月11日

政府の様々な補助金等による揺さぶりである「分割してかつして統治せよ」という植民地支配の古典的方策である。
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2018年9月28日 (金) 沖縄県知事選の政治思想的意味/メルトダウン日本(42)

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しかし県民の間には意思表示の方法の探る運動が続いている。

 政党や沖縄県政与党の県議会会派、企業、労組などでつくる「辺野古埋め立て・新基地建設反対の民意を示す県民投票連絡会」が、県民投票への不参加表明や態度未表明の5市で、住民の意思表示の手段として県条例に基づかない自主投票や模擬投票、ネット投票のほか投票実施を求める署名運動など実施できるか検討していることが12日、関係者への取材で分かった。
県民投票不参加でもあきらめない 自主・模擬・ネット投票や署名運動を検討

物理的な埋め立ては「粛々と」進められても、「心」まで埋め立てることはできないのだ。
2018年12月16日 (日) 心の埋め立てはできない/安部政権の命運(29)

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2019年1月13日 (日)

海外紀行番組の草分け・兼高かおる/追悼(133)

「兼高かおる世界の旅」(TBS系)の案内役として約150カ国を巡った旅行ジャーナリストの兼高(かねたか)かおる(本名兼高ローズ)さんが5日、心不全のため死去した。

90歳だった。葬儀・告別式は近親者で行い、後日「しのぶ会」を開くという。

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 東京の香蘭女学校を出た後、米国のロサンゼルス市立大に留学。帰国後、英字紙でフリー記者として活動した。航空機を乗り継ぎ、世界一周の速さを競うコンテストで約七十三時間の記録を樹立し、有名になった。
 日本人の海外渡航が自由化される前の一九五九年に紀行番組「兼高かおる世界飛び歩き」がスタート。六〇年にタイトルが「世界の旅」となり、海外旅行ブームに先駆けた名物番組として、九〇年まで約三十年間放送された。
 番組出演・ナレーターのほか、ディレクターやプロデューサーも兼務。行動力と語学力を武器に各国で取材、南極や北極も訪れた。スペインの画家ダリやケネディ米大統領、英国のチャールズ皇太子ら著名人とも面会。総移動距離は約七百二十一万キロ、地球百八十周分というテレビ史上例を見ないスケールになった。
 兵庫県淡路市の「兼高かおる旅の資料館」名誉館長や横浜市の「横浜人形の家」初代館長も務めた。著書に「私の好きな世界の街」「スーツケースのティー・タイム」など。菊池寛賞、紫綬褒章などを受けた。
兼高かおるさん死去 90歳「世界の旅」放送30年

まさに草分けであるが、当然だ草分けには草分けの苦労がある。
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毎日新聞1月10日「余禄」

酷使したであろう羽根を休めて安らかに。
合掌。

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2019年1月12日 (土)

はびこる政府統計のウソ/安部政権の命運(44)

政府統計の杜撰(さもしくは積極的なウソ)が続いている。
2019年1月11日 (金) 勤労統計の怪/安部政権の命運(42)

特に「働き方改革国会」と銘打った先の国会はひどかった。
2018年2月27日 (火) 何のための「働き方改革」なのか(6)/日本の針路(381) など

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東京新聞1月12日

根本厚労相は「組織的な隠ぺいではない」と言っているが、ソフトまで用意しているのだから通用しない。
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東京新聞1月10日

竹内薫『統計の9割はウソ』徳間書店(2014年2月)という本があるが、統計以前のウソと言うべきであろう。
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2019年1月11日 (金)

勤労統計の怪/安部政権の命運(43)

厚生労働省の統計調査の不適切問題で、十数年間にわたり、抽出データを全数調査に近づけるための統計上の処理すらしていなかったことが分かった。1901102
東京新聞1月10日

過去の結果が大きく変動し、統計そのものの信頼性が大きく損なわれる恐れが出てきた。
算出方法が変わった昨年1月調査分から賃金が前年同月と比べて高い伸び率を示すようになり、一部のエコノミストなどから疑念の声が上がっていたが、厚労省が同じタイミングで本来の調査手法に近づける補正をしていたことも要因とみられる。

 厚労省によると、調査対象は無作為に抽出した約3万3千事業所。本来、従業員500人以上の大規模事業所はすべてを対象に、5~499人の事業所は抽出で調査が行われている。このうち30~499人の事業所は従来、2~3年に1度全てを入れ替えていた。しかし、政府の経済財政諮問会議などで「入れ替えの際に生じる結果の乖離(かいり)が大きくなる傾向にある」との指摘があり、見直すことになった。
 2020年1月分から、30~499人の事業所は、毎年3分の1ずつ入れ替える方法に変更する。その経過措置として、昨年と今年1月分は2分の1の事業所が入れ替えられる。そして昨年の入れ替え後、現金給与総額は昨年6月に前年同月比3・3%と21年5カ月ぶりの高い伸び率を示すなどした。一方、入れ替えがなかった事業所に絞った調査では、1・3%の伸びにとどまった。
 この点について、昨年9月の総務省の統計委員会で、厚労省は抽出調査から全体を推計する際に用いる、全事業所を対象とする「経済センサス」の最新結果を反映させたためだと説明。センサスで前回より大企業の割合が増え、毎月勤労統計を算出する際の労働者の企業規模別の比率で、給料が高めの大企業の比率が高まったとした。
 だが、厚労省が従業員500人以上の事業所について、東京都分は3分の1しか調査していなかったことが判明。関係者によると、昨年1月調査分から約3倍にして本来の調査対象数に近づける補正を始めた。それまでは抽出した少ない事業所数のまま集計しており、補正でも現金給与総額が押し上げられたとみられる。Ws000001
勤労統計、昨年1月から急変 算出法変更で賃金高い伸び

また、この問題で、この統計を基に算定する雇用保険と労災保険の過少給付総額は各数百億円に上ることが判明した。
厚労省は不適切な調査が始まった2004年にさかのぼり、対象者に不足分を支払う方針を決めた。
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毎日新聞1月11日

「また厚生労働省か!」というのが正直な感想である。
こんな役所の下で、「働き方改革」など実行して日しくない。

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2019年1月10日 (木)

元号と改元と日本建国/やまとの謎(125)

1979年に制定・公布された「元号法」によって、「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」とされた。
いわゆる「一世一元の制」の法制化であり、天皇が譲位される今年は改元の年でもある。
2017年12月 3日 (日) 改元のスケジュール/日本の針路(356)

 安倍晋三首相は4日、三重県伊勢市で年頭記者会見を開き、5月1日の新天皇即位に伴う改元について「国民生活への影響を最小限に抑える観点」から、4月1日に改元の政令を閣議決定した上で事前公表すると正式表明した。今の天皇陛下が政令に署名して公布する方針も示した。民間のシステム改修などを巡る混乱を避けるため、1カ月間の準備期間を設け、国民生活に配慮した。
・・・・・・
 改元発表時期を巡っては、自民党内外の保守派は当初「明治以来の一世一元(天皇1人に元号は一つ)に反する」と事前公表に反発。その後、事前公表容認に転じたが、「天皇と元号の一体不可分性」を維持するため、政令に新天皇が署名して公布することを求めていた。首相は会見で「公布は通常の政令制定の手続きに従って行う」と明言した。

明治以前は、天皇の在位中にも災害など様々な理由によりしばしば改元が行なわれていたし、寛永や慶長のように、新たな天皇が即位しても、元号が変わらない場合もあった
民間のシステム改修などを巡る混乱を避けるため、1カ月間の準備期間を設け、国民生活に配慮」するならば、もっと早く決めるべきであろうが、保守派に配慮したということであろう。

このように、日本の伝統と技術・文明の進歩はしばしば矛盾する。
それを弥縫的にやりくりしてきたのが、まあ「日本の智慧」ということだろう。
憲法9条と自衛隊の関係も、論理で割り切れない部分があるが、今まで何とか弥縫的にやってきたのである。
その矛盾が大きくなって現実とどうしてもフィットしなくなった時、どうするか?
それはケースバイケースというしかない。

ところで、元号はいつから使われたのか?
天皇制を神武にまで遡らせて考えたい三原じゅん子議員らの認識においても、大化以前の元号について言及はしていないと思われる(良くは知らない)。
2015年3月18日 (水) 確信的「無知」の「無恥」・三原じゅん子/人間の理解(10)
現在の歴史教科書では「乙巳の変」で孝徳天皇になって、「大化」の年号が使われたということになっている。

初期の年号については謎が多い。
たまたま書店で手にした日本の元号研究会編『日本の元号』
池田書店(2018年12月)に以下の図がある。
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うまり、最初の元号と次の元号はいずれも孝徳朝であって、次の改元は「朱鳥」である。
天武紀15年(686)7月のことで、その年の9月9日に天武は亡くなっている。
そして朱鳥には、「阿訶美苔利(アカミトリ)」と和訓されているが、年号に和訓は施されないのが通例である。
2008年1月11日 (金) 「朱鳥」改元について

そして、「白雉」と「朱鳥」の間に、「白鳳」「朱雀」という謎の年号がある。
天皇紀で言えば、斉明、天智、弘文、天武であって、白村江の敗戦と壬申の乱という外・内の2つの戦争があって、日本列島が大きく変動した時代である。
この時期こそ、日本建国の本質があるのではないだろうか。

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2019年1月 9日 (水)

辺野古のサンゴは移植されたか?/安部政権の命運(42)

1月6日放送のNHKの日曜討論で、安倍首相が、沖縄・辺野古について、サンゴは移植したと発言した。
これについて、事実ではないと驚きの声が上がっている。
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安倍首相は、日程の都合で事前に話を聞いたとして、その発言を紹介した。

「土砂を投入していくに当たってですね、あそこのサンゴについては、移しております。また、絶滅危惧種が砂浜に存在していたんですが、これは砂をさらってですね、これもしっかりと別の浜に移していくという、環境への負担をなるべく抑える努力もしながら行っているということであります」   
 玉城デニー沖縄県知事は7日、ウソだとする他ユーザーの投稿をリツイートし、こう疑問を投げかけた。
「安倍総理...。それは誰からのレクチャーでしょうか。現実はそうなっておりません。だから私たちは問題を提起しているのです」
「辺野古のサンゴ」は本当に移植されたのか 安倍首相発言の真偽、地元に聞いた

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東京新聞1月9日

  沖縄県の水産課は1月7日、J-CASTニュースの取材に対し、絶滅危惧種になっているオキナワハマサンゴについては移植の事実はあると答えた。
   その説明によると、国の沖縄防衛局が埋め立て予定地で9群体を確認しており、県が2018年7月13日に特別採捕許可を出し、7月末ごろに近隣の同様な環境にある海に移植された。許可の条件とされた週2回のモニタリング調査も行われており、最新となる12月25日の調査では、9群体とも生息しているとする写真などでの報告が県にあった。
   埋め立て予定地には、ほかに大小のサンゴ約7万4000群体があると防衛局の調査が出ているが、これらはすべて、現在埋め立てしている辺野古地区ではなく、岬の反対側の大浦湾地区にあるという。
   このうち約4万群体について、県は9月3日、埋め立て承認の撤回で必要性がなくなったと国の申請を不許可にしている。これに対し、防衛局が12月6日に再申請して、19年1月7日現在も審査中だ。
「辺野古のサンゴ」は本当に移植されたのか 安倍首相発言の真偽、地元に聞いた

つまり、埋め立て予定地のすべてでサンゴの移植が終わったわけではない。
安倍首相がどういうブリーフィングを受けたのか分からないが、現時点で「あそこのサンゴについては、移しております」というのは、間違っていると言うべきだろう。

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2019年1月 8日 (火)

人口減少というトレンド/安部政権の命運(41)

安倍首相は、年頭の所感で次のように述べた。

本年は、最大の課題である、少子高齢化の壁に本腰を入れて立ち向かいます。
安倍内閣総理大臣 平成31年 年頭所感

「えっ、本年は?」と聞き返したくなる。
何というお気楽さであろう。
「少子高齢化の壁」は、「本年、本腰を入れ」るのではもう手遅れなのだ。
将来人口は、基本的に、出生率と平均寿命の関数である。
単純であるが、2つとも簡単には変わらない。
中原圭介『AI×人口減少 これから日本で何が起こるのか』東洋経済新報社(2018年11月)から引用しよう。
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わが国人口は2008年にピークアウトした。Photo
2010年10月22日 (金) 国勢調査と人口減少社会
2013年8月30日 (金) 人口減少時代と加工貿易/花づな列島復興のためのメモ(254)

それは出生数を死亡数が上回る自然減によるものであり、この先差は必然的に拡大する。
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特に合計特殊出生率のグラフを見れば、「本年、本腰を入れ」るのではどうしようもないことが分かる。
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丙午という迷信から合計特殊出生率がトレンドを逸脱して1.58まで下がったが、1989年にはそれを下回り、「1.57」に下がり大騒ぎした。
2010年11月 4日 (木) 戦後日本における人口転換

今思えば、長閑な時代であり、少なくとも警鐘が発せられたと理解すべきであったが、30年間有効な対策は実行されなかった。

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2019年1月 7日 (月)

どんどん焼き・左義長/やまとの謎(124)

書初めをやっていた時、昔のどんどん焼きの話題になった。
正月に使った門松や注連縄などと一緒に燃やす。
どんどん焼きで、高く舞い上がれば字が上手になると言われていた。
最近は野焼きが禁じられているので、小学校などでやっているようである。
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東京新聞1月6日

ところが東北地方出身者が知らないという。
Wikipediaでは、「どんどん焼き」の項に「この項目では、小麦粉を主体とした日本の焼き物料理について説明しています。正月飾りや書き初めなどを燃やす日本の正月の年中行事については「左義長」をご覧ください。」とある。
左義長の項では以下のように説明されている。

1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅(三色団子、ヤマボウシの枝に刺した団子等地域によって違いがある)を食べる、また、注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。道祖神の祭りとされる地域が多い。
民俗学的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。お盆にも火を燃やす習俗があるが、こちらは先祖の霊を迎えたり、そののち送り出す民間習俗が仏教と混合したものと考えられている。
とんど(歳徳)、とんど焼き、どんど、どんど焼き、どんどん焼き、どんと焼き、さいと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。とんどを爆竹と当てて記述する文献もある。これは燃やす際に青竹が爆ぜることからつけられた当て字であろう。
子供の祭りとされ、注連飾りなどの回収や組み立てなどを子供が行う。またそれは、小学校などでの子供会(町内会に相当)の行事として、地区ごとに開催される。

ほぼこの通りであった。
「全国で広く見られる」とあったが、「知らない」というのは地域差なのか時代差なのか。

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2019年1月 6日 (日)

アベノミクスという過ち//安部政権の命運(40)

大発会で株式市場が続落した。
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安倍政権終了の予兆であれば吉とすべきであろう。
2018年12月28日 (金) カジノ化する日本/安部政権の命運(36)

 年初の世界の金融市場は波乱のスタートとなった。前日の海外市場で円相場が一時1ドル=104円台を付け、日本で最初の取引となった4日の東京株式市場では、日経平均株価が前年末と比べ一時700円超下落した。
 こうした市場の動揺について全国銀行協会の藤原弘治会長は「リスクシナリオの一つとして織り込んではいたが、蓋然(がいぜん)性は低いと見ていた。サプライズだ」と指摘。クボタの木股昌俊社長は「株価や為替の変動が大きい年との前提で経営せざるを得ない」と厳しい表情を浮かべた。 
不安心理、急速に台頭=市場の動揺「サプライズ」―経済界

いまだにサプライズなどと言っているのは、感受性が鈍磨している証拠ではないか。
アベノミクスというイカサマ経済政策の行き詰まりである。
アベノミクスは新旧3本の矢で説明された。
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日銀が政策見直しを表明してからおよそ2年半経つが、いつまで経っても「道半ば」である。
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東京新聞8月29日
2016年8月30日 (火) いつまでも「道半ば」の経済政策/アベノポリシーの危うさ(95)

「トリクルダウン」という言葉が囃されたが、もう信じている人はいないようだ。
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【アベノミクス失敗?】トリクルダウン理論が崩壊中!
2016年6月11日 (土) トリクルダウンの幻/アベノポリシーの危うさ(79)

状況を見てフィードバックするというマネジメントの基本ができていないのである。
安倍政権のまやかしもそろそろ限界ではないか。

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2019年1月 5日 (土)

原発輸出という過ち/技術論と文明論(120)

原発輸出を成長戦略に据えるという安倍政権の愚策は頓挫した。
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毎日新聞1月4日

自国の原発事故が終息していないのに輸出っしようという発想が不思議である。
2018年12月19日 (水) 成長戦略としての原発輸出の破綻/安部政権の命運(30)

 事故収束作業中の福島第一原発は三月末、3号機の使用済み核燃料プールから核燃料五百六十六体の取り出しが始まり、六月以降に本格化する。当初は一八年十一月の取り出し開始予定だったが、機器類に不具合が頻発したため延期した。
 二月には、2号機の原子炉格納容器内を再調査。溶け落ちた核燃料(デブリ)に機器を接触させ硬さや動かせるかを把握する。一九年度後半に微量のデブリを採取予定だが、本格的な取り出しへの道は険しい。
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原発 東海第二の再稼働、岐路

さすがに経団連の会長を務める中西宏明会長も、この問題では政府と袂を分かつようだ。
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東京新聞1月5日

廃炉には膨大な時間と費用が必要である。
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毎日新聞12月27日

核廃棄物の処理方法も分かっていない。
冷静に考えれば脱原発しか道はないのだ。

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2019年1月 4日 (金)

探究と実践の往還/知的生産の方法(180)

昨年8月に掛谷誠氏の著作集全3巻が完結した。
第3巻は『探究と実践の往還』京都大学学術出版会(2018年8月)である。20190104_094120

主としてアフリカというフィールドで実証的な地域研究を行い、そこから理論を構築していった彼らしいタイトルである。
私には彼の専門領域における業績を紹介する能力はない。
しかし専門外の人間から見ても、彼の書く文章が論理と感性が見事に融合したものであることは理解できるだろう。
2015年4月20日 (月) 掛谷誠・「伊谷純一郎『アフリカ紀行』」の解説/私撰アンソロジー(35)

この第3巻には、「地域」というものについての彼の考え方が収録されている。
彼のフィールドは様々であったが、最終的には「アフリカ」である。
第1章の「アフリカ研究会のころ」は、1963年に京都大学の電気工学科に入学した彼が、ポスターを見て「アフリカ研究会」の存在を知り、飛び込み参加して気分が高揚したことから始まっている。
後に恩師となる伊谷純一郎氏から「これからは電子や電気の時代だから、工学部をやめるのはもったいない」とアドバイスを受けた。
当時は、高度成長期が本格化した頃であって、伊谷氏のアドバイスはもっともなものだった。

その時のことを、特修「掛谷誠追悼」で、田中二郎氏はつぎのように書いている。

彼が人文研をのぞきにきた日の夕方、ちょうど立ち上げたばかりのアフリカ研究会の初めての懇親会が行なわれることになっていた。それを聞いた掛谷は、「いきなりコンパに参加したら駄目でしょうか?」とおそるおそる尋ねたものである。「まだ 組織もなにもしっかり出来上がってない会やから 初めての人が飛び込みで入ってきてもかまいやしないよ。」わたしはそう言って、彼を誘ってコンパ会場に連れて行ったが、それがきっかけとなって掛谷がアフリカの世界にどっぷりとはまってしまうことになったのである。

結局理学部に転学部し、大学院で動物学専攻、自然人類学研究室に入った。
第2章は「座談会 霊長類学・生態人類学・人類進化論」である。
伊谷純一郎氏の白スリー記念賞受賞を祝って、伊谷純一郎・市川光雄・掛谷誠・河合雅雄・西田利貞・米山俊直の諸氏が語り合っている。
今西錦司氏によって始められた京都大学の自然人類学の研究の総括である。
伊谷氏は、今西氏の後を継いで、自然人類学を方向付け、確立された。

その業績を河合雅雄氏は3区分する。
第一の創生期は1948年に始まる霊長類グループの誕生と国内のフィールドで活躍し始めた時期である。
第二期は、モンキーセンターができた1956年以降で、世界に先駆けてプライトマトロジーを確立した時期である。
第三期は、1962年に京都大学に自然人類学講座ができ、1967年に霊長類研究所ができて、類人猿と生態人類学が進展を見た時期である。

掛谷氏は、第三期を実質的に担った1人である。
理学部にいた共通の友人の仲介で、アフリカに行く直前に彼とフィアンセと4人で歓談したような記憶がある。
それが彼と交わした会話が最後となったが、アフリカに赴くいたのは1971年のことだったようで、その頃私はビジネスの世界に入っていたので、もう少し前だったのかも知れない。
先日京都で旧左翼活動家の友人にあってその時がいつだったか確認しようと思ったが覚えていないようであった。
掛谷は新左翼だからなあ、と漏らしたが、活動家ではなく新左翼の方が心情的にフィットしたということだと思う。

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2019年1月 3日 (木)

森下典子『日日是好日』/私撰アンソロジー(55)

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掲出部分は、「まえがき」であるが、「お茶」が「わかる」過程のエッセンスといえよう。
「すぐにわからないもの」の典型例が「お茶」の世界とされているが、それは人生そのものとも考えられる。
森下典子さんは小5の時、親と一緒にフェリーニ監督の『道』を見た。
「ジェルソミーナのテーマ」には聞き覚えがあったが、内容は初めて見たも同然だった。
小5の時にはつまらなかった映画に、胸をかきむしられて、ボロボロ泣いた。

この間の「人生の時間」が彼女を成長させ、成熟させたのである。
その結果、感受性が変容したのである。
私は河上徹太郎の私の詩と真実講談社学芸文庫(0706)の一節を思い出す。

人は、その青春にあたって先ず情熱を注ぐことは、激しい自己鍛錬によって自分の感受性の形式を確定することである。そしてこの形式の独自性の中に、初めてその人の個性とか資質と呼ぶべきものが芽生えるのだという風に私は考えている。

激しい自己鍛錬かどうかは別として、人は「人生の時間」の中で、否応なく「自分の感受性の形式」を変容させて行く。
意識的に行われる場合「修行」である。
「お茶」の稽古も、継続して行えば「修行」であろう。
そこ結果、境地が変わり、見えるものが変わるのだ。
比喩的に言えば、高みに至り、俯瞰できるようになって見える視野が広がるのだ。

結果として、季節を感じるもが増え、自分を見る自分を意識できるようになる。Photo

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2019年1月 2日 (水)

『日日是好日と「分かる」ということ/知的生産の方法(182)

年末に近くのシネコンで『日日是好日』を観た。20190101_090716

私自身はまったく縁がない「お茶」の世界を淡々と描いた佳作である。
原作は森下典子さんの人気エッセイ『日日是好日ー「お茶」が教えてくれた15の幸せ』新潮文庫(2008年11月)である。
映画館の帰りにシネコンと同じショッピング・モールにある書店で買ったら、2018年11月で32刷だった。

主役の「典子」役は、『西郷どん』の妻役を演じた黒木華である。
私はそんなに映画好きということでもないが、彼女の出た「草原の椅子」「舟を編む」「小さいおうち」などを観ている。
いずれも印象に残っており、実力派の証明であろう。
「お茶」の先生役の「武田のおばさん」を演じているのが樹木希林である。
昨年『万引き家族』でカンヌ映画祭でパルムドールに選ばれたが、9月に亡くなっているので、これが遺作ということだろう。
2018年6月11日 (月) 『万引き家族』の評価を巡って/ABEXIT(49)
監督の大森立嗣氏は、大駱駝艦を率いた麿赤児氏の長男である。
大駱駝艦の舞台を観る機会は無かったが、前衛的なものというイメージである。
『日日是好日』の和の世界とは対照的なような印象だが、芸術家のDNAであろうか?
『日日是好日』で印象的だったのは「お茶」が(というよりも「和の世界」一般というべきだろうが)、季節の移ろいと密接に関連していることであった。
 
季節を分ける言葉は、四季や月など数多い。
映画では二十四節季の区分が随所に出てくる。
立春、雨水、啓蟄・・・である。
二十四節季は日常生活でも頻繁に登場するが、それぞれをさらに3分した七十二候についてはほとんど日常性がない。
 
さらに多様に季節感を表現するものとして、俳句の季語がある。
「プレバト」の夏井いつき氏のコメントでも、季語の豊富さが俳人の生命線であることが理解できる。
また「名人」「特待生」のタレントが必死で季語を勉強し、自分の言いたいことに相応しい季語を歳時記から引き出そうとしている。
 
この季節を細分することが、和の世界の本質ではなかろうか。
『日日是好日』に「世の中には「すぐわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の二種類がある。」という言葉がある。
「すぐにはわからないもの」とは、「行ったり来たりするうちに、少しずつじわじわとわかりだし、「別もの」に変わって行く」ものである。
 
それは我々が全体の部分にしか触れ得ていないからである。
ニュートンの言葉を援用して、「知れば知るほど分からないことが増える」現象について考えたことがある。

I was like a boy playing on the sea-shore, and diverting myself now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay undiscoverd before me.
発見されないままで拡がっている真理の大海、それを前にして、私は浜辺で、より美しい貝殻や、より滑らかな小石をあちこちさがして楽しんでいる子供のようなものだ。

blogs.yahoo.co.jp/tobetobetigers/52618191.html

ニュートンのこの言葉は、「より多く知っている人は、自分がいかに知らないかということを知っている」という真理を示した言葉であ2る。
自分が知らないことがある、という自覚(=問題意識)こそ、探究心を動かすエンジンということでもあろう。

ところで、新しく何かについて知るということは、この既知の小島の領域が拡大することである(図A→図B)。
つまり島の面積が広がるわけであるが、そうすると、当然海岸線も延伸することになる。
つまり、「未知」を意識するゾーンが拡大するというわけで、「知れば知るほど、知らないことが増える」というのは、こういうようなメカニズムではないかと考えられる。
つまり、好奇心は自己増殖するということだ。
2008年8月 8日 (金) 2年目を迎えて

それが自律的学習のメカニズムである。
「分ける」ことは「分かる」ことであり、「分かる」ことは「分ける」ことである。
細やかに季節の移ろいを「分ける」ことは、「和の世界」を理解するための前提条件といえよう。

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